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マジックソープ ベビーマイルド 236ml
マジックソープ ベビーマイルド 236ml (JUGEMレビュー »)

中年オトコが石鹸をオススメかよッ!!と言うなかれ。ワタシはコレをガロンボトルで買い込んでます。
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「ピースブレーカー」 アーロン・クォックの災難、あるいは粗忽警察

 深夜に車で歩行者を跳ねてしまった刑事が、死体を抱えてウロウロするハナシ、と言うわけで、「粗忽長屋」か「ハリーの災難」か、というハナシかと思ったら、全然違った。なかなかどうして、そのちょっと先まで行く、飽きさせない映画であった。
 実は、死体は前半で一回隠すことに成功するのだ。
 しかし、その直後、何者かから「死体をよこせ」と連絡があって、、、というハナシ。

 

 死体を抱えてウロウロする悪徳刑事に、最近どの香港映画を観ても出てるアーロン・クォック。
 メッチャしぶといラスボスに「誘拐捜査」のワン・チエンユエン。
 このしぶとさはワン・チエンユエン以外では成立しないだろう。
 香港映画界の宝ではないかと思うくらいのワルワルしさ。
 やっぱりサスペンス映画はワルワルしい奴がいないと面白くならない。

 

 そう、サスペンス映画なのである。
 スゴいサスペンス。

 

 しかし、一方で「粗忽長屋」でもある。
 コメディでもあるはずである。

 

 つまりこの映画は、サスペンスとコメディを両立させた稀有の映画でもあるのだ。

 ワタクシ空中さんはよくタランティーノを「コメディとサスペンスのバランスを取るのが上手い」と評しているが、タランティーノのようにサスペンスシーンとコメディシーンがバランスよく配されているというのとも違う。
 コメディシーンがそのままサスペンシーンでもある、という稀有の演出を実現した映画でもある。
 笑えるシーンが笑えれば笑えるほど、サスペンスフルになるというある意味最強の構造。

 

 前半、アーロン・クォックが死体をなんとか○○の△△に隠そうとするシーンなど、不謹慎さと笑いと恐怖が入り混じった屈指の名シーンではないか。
 後半もワン・チエンユエンのバケモノっぷりなども、怖ければ怖いほどどこか笑ってしまう。

 恐怖と笑いが入り混じって相互に効果を上げているさまは、まるで甘みと辛味が相互に高め合うするオタフクのお好み焼き用ソースのようである。

 

 相反するものがお互いを高めあうものの比喩をしばらく考えてましたがこれで精一杯でしたスイマセン。

JUGEMテーマ:映画

at 00:46, 空中禁煙者, アジア

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「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー 」 「答え合わせ」のための映画

 ハン・ソロとは即ち退廃の謂である。

 

 能天気を旨とし、その能天気さ故にそのハリウッド映画を一変させ、基本的には田舎の純朴な青年(少年?)と世間知らずのお嬢様を中心に展開する「新たなる希望」の中で、唯一都会の退廃を身にまとって登場したハン・ソロ。
 誰がなんと言おうと「ヤバイな、、、」と思えば交渉相手を先に発砲して射殺するハードボイルドなハン・ソロ。

 

 ほとんど「新たなる希望」の世界観を壊しかねないほどの退廃の体現者ハン・ソロの若い頃を描こうという以上、スタッフ・キャスト一同はこの退廃とどう向き合うかが最大のテーマだったハズである。
 イヤ、テーマであるべきである。
 もう、そうに決まってる。

 

 で、ですね、、、

 脚本は過去のスター・ウォーズ本編でも主要な脚本家だったローレンス・カスダン。
 監督は、作家性はあんまり感じられないが、何撮らせてもそこそこヒットさせる安定の職人監督ロン・ハワード。
 この時点で過去のスター・ウォーズシリーズで一番贅沢ではないか。

 

 キャストもハン・ソロの師にウディ・ハレルソン、その妻にタンディ・ニュートン。
 ファム・ファタール役に「ターミネーター:新起動/ジェネス」の、というよりTVシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」のエミリア・クラーク。
 これまた過去のスター・ウォーズシリーズの中でも破格の豪華さ。

 

 この、超豪華なスタッフ・キャストでハン・ソロの退廃を描くにあたってで、ですね、
方法論が二つあったと思うわけです。

 

 ひとつは、20代前半で既に退廃してました、という解釈。
 これはこれで、あの退廃のハン・ソロを最初から最後までたっぷり楽しめると思えば素敵ではないか。
 もうひとつは、まさにその退廃を身にまとうに至った瞬間を描く、という手法である。

 

 で、今回脚本・演出陣が採った選択は後者であったかと思う。
 本作開幕時点でハン・ソロは、これまで辛い育ち方をしてきたことは伺えるが、基本的に元気なにーちゃんである。
 さらに劇中でいろいろな苦労をし、裏切りにも会うが、なかなかどうしてハン・ソロは持ち前の機転と明るさで切り抜ける。
 しかし、ラストで手痛い裏切りに会い、そのまま映画は終わる。

 

 多分、脚本のローレンス・カスダンとして、この手ひどい裏切りによってハン・ソロはあの退廃を身につけるに至った、と言うつもりなのだろう。
 しかしロン・ハワードは、それをどの程度意識して演出しているのか、と。

 なんとなく、ロン・ハワードは「新たなる希望」を観ておらず、この後彼がどうなるのかを知らないまま作ってしまったのではないか、という気さえする。

 

 前回の「最後のジェダイ」でも思ったが、いろいろ事情もあって、

 

「あ、別に『スター・ウォーズ・サーガ』好きなわけじゃないけど。一応やっとけば映画史に名前残るじゃん?』

 

的なノリのスタッフで作っていかざるを得ないのかもしれない。

 

 まあ、あとは普通に良くできたスペース・ウェスタンですぅ、、、と言っとけば良いような気がする。

JUGEMテーマ:映画

at 01:34, 空中禁煙者, 洋画

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「グレートウォール」 マット・デイモン暗黒伝

 中国は宋王朝時代(西暦でいうと1000年前後)、火薬の交易を求めて二人(元はもっと大勢いたけどみな死んだ)の白人が中国に潜入しようとしていた。
 ある夜、謎のバケモノに襲撃された二人はからくもバケモノの腕を切り落とし、撃退に成功する。
 やがて二人は万里の長城にたどり着くが、あっという間に囚われの身になり、「火薬の秘密を盗みに来た」嫌疑をかけられ、殺されそうになるが、二人が持ち歩いていた「バケモノの腕」を見て、中国人たちは腰が抜けるほど驚愕し、二人への扱いは一変する。

 バケモノは「饕餮」と呼ばれる謎の生き物で、そもそも万里の長城は「60年に一度人間界に攻め込んでくるこのバケモノを防ぐために作られた」ものだという。
 宋王朝はこのバケモノを防ぐために万里の長城に三軍からなる軍隊(何故か「近衛兵」の意味であるはずの「禁軍」と呼ばれている。皇帝直属ということだろうか)を常駐させていた。
 とうていこのバケモノを知りもしない人間風情がたった二人で腕を切り落として撃退出来る代物ではないのだ。
 実は、白人二人が撃退に成功したのは、彼らがそうとは知らず饕餮が苦手とする「ある物」を持っていたからであり、ここから宋軍は饕餮退治のヒントを得るのだが、饕餮の知性は彼らの想像を上回っており、、、

 というハナシ。

 ワタクシ空中さんにとっては「HERO」や「LOVERS」などと言ったうじゃじゃけた武侠映画の、というよりは、北京オリンピック開会式の、といったほうが通りが良い中国映画界最大の巨匠にして、(少なくとも武侠映画に関しては)徹底した映像派、チャン・イーモウ作品。

 

 正直言って「饕餮」などというものを持ち出したトンデモ振りがいまいちチャン・イーモウらしくないなぁ、、、という気もするが、「HERO」もトンデモっちゃトンデモかなぁ、、、などと思う。

 万里の長城の上を、赤と紫と黄色に色分けされた軍隊が隊列を組んで走り回る風景など、いかにもチャン・イーモウだなぁ、というか、もう、ほとんどコレがやりたかっただけじゃねーの?という感じ。
 

 他にも全体に画面が美しいのはさすが。風景、セット、衣装、全てが美しい。
 アクションシーンまで美しい。
 そして、例によって、アクションシーンは美しいものの、キレが良くない。
 動きをストップモーションで見るとカッコいい(美しい)形になっているが、動きのダイナミズムを捉えるのはあんま興味ない、みたいな。

 

 盗賊扱いからやがてヒーローに登りつめる白人役にマット・デイモン。20年前にやってきて軟禁状態の白人がウィレム・デフォー。禁軍の軍師にアンディ・ラウ。
 さすがチャン・イーモウ。
 キャストが題材に不似合なほど豪華。
 禁軍の将軍は「マンハント」のチャン・ハンユー。その将軍が死んで次の将軍に指名されるのが、あまりにもパッチリしたお目々と尖った顎がなんか人造的なジン・ティエン。

 

 ところでワタクシ空中さんが「饕餮」という怪物のことを初めて知ったのは、諸星大二郎の「孔子暗黒伝」だった。
 「孔子暗黒伝」によると、饕餮は元は蚩尤という怪物で、黄帝に逆らって滅ぼされたが、霧を発生させて目をくらます蚩尤に対して黄帝は「指南車」(つまり磁石)を使って自らの位置を知り、勝利したという。
 チャン・イーモウはこういった伝説にも興味があるらしく、本作でもマット・デイモンが持っていた「ある物」とは、マザー饕餮とはたらき饕餮の通信を阻害するものとしての「磁石」なのであった。

JUGEMテーマ:映画

at 20:57, 空中禁煙者, アジア

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「スプリット」 オチにはあんまり期待しないでください、、、

 「エア・ベンダー」「プラネット・アース」と連続して大作に挑戦して連続して大コケしたシャマラン監督ではあったが、一旦低予算に戻って新規巻き返しを図った前作「ヴィジット」がかなりの良作だったためか、徐々に予算も戻ってきたようである。
 別に金かかってるなぁ、、、という感じもしないが、題材と規模がマッチしていてビンボ臭さは全く無くなった。

 

 何度も何度も書いているが、シャマラン先生は初期作品を

 「父子モノ」+「丁寧な演出でジャンル映画をひっくり返す」+「衝撃のオチ」

の三題噺で乗り切ってきたヒトである。
 しかし前作、「ヴィジット」以降、なぜか「父子モノ」要素がすっぽり抜けた。
 むしろこの二作では「父の不在」が大きなテーマになっている。
 何があったんだシャマラン、、、

 

 で、次の「丁寧な描写でジャンル映画をひっくり返す」ですが、コレは、もう、堂々とやり切ってます。
 コレがシャマランです。

 

 あえてジャンル名を一言で言うなら、「多重人格」モノ。
 映画界では「ジキル博士とハイド氏」以来、数々のヒット作を生んできたジャンルではある。
 「サイコ」とか「絞殺魔」とか「殺しのドレス」とか。
 そしていままでの多重人格モノがせいぜい二重人格くらいしか扱ってなかったのに対して、ある程度現実に即していきなり23人格という設定になっています。
 いわゆる解離性障害は一度始まるとどんどん人格が増え続けるものである、という説があるのだ。
 23人格、と言うのは「24人のビリー・ミリガン」がヒントになっているのかもしれない。

 とはいうもののの、映画の中で23人格全部描かれるわけではない。出てくるのはせいぜい、4〜5人。
 しかし4〜5人とは言えちゃんと描き分けできているのはさすが。
 安易に精神世界をビジュアル化したりせず、「会議」「照明」という言葉を使ってうまく説明している。
 そしてその演出を可能にしたジェームス・マカヴォイの演技力。
 メイクもカツラも使わず(メイクは実は使っているのかもしれないが)、女性や子供の人格を演じ分ける「演じ分けっぷり」は伝説級と言って良いのではないか。

 

 この多重人格者が、3人の女子高生を誘拐する。
 実は誘拐するつもりだったのは二人だけで、3人目は偶然くっついてきちゃった、というのがミソ。
 そして、この多重人格者はなぜ、なんのために、少女を誘拐するのか、というサスペンスで映画を引っ張る。

 

 もう一つ引っ張るフックは、もうひとりの重要登場人物、精神医学者の老嬢である。
 彼女は「解離性障害の人格は肉体に影響を及ぼす」という、学会では全く評価されていない説を唱えており、ジェームズ・マカヴォイ演ずる患者は彼女の説を立証する検体だと考えている。
 つまり彼女こそがジェームズ・マカヴォイ演ずる多重人格オトコの本質を「見極めかけている」のだが、一方で多重人格オトコは彼女に「本当の真実」、つまり彼女の想像以上に彼が「人格の変化によって肉体が影響を受ける」人間であることを悟られまいとしている。
 彼女と面接しているときに、彼女が「今自分が会っていると思っている人格」と、実際に会っている人格は実は違うのだ。
 この辺も実にスリリングで、よく描き分けているなぁ、という感じ。

 

 人格が肉体に影響を与える、という描写をあまり露骨にやっていないのもエラい。
 別に女性人格のときに胸が大きくなったりはしない。ウィッグくらいつければいいのに、と思うほど。
 しかし、9歳児の人格になっているとき、背が縮んでいるようなカットが一瞬あって、ゾクッとさせられる。

 

 そんなこんなで徐々にラストのカタルシスへと映画はひた走るわけですが、、、

 

 えーっとですね。
 世の中には、「シャマラン問題」と呼ぶべきようなものがありますよ、と。
 我々シャマラン映画のファンも含めて、全ての映画ファンは、シャマラン映画を観るとき、この「シャマラン問題」と向きあう必要がある。


 以前からワタクシ空中さんは、シャマラン映画とは、

 

 「父子モノ」+「丁寧な演出でジャンル映画をひっくり返す」+「衝撃のオチ」

であると申し上げておるわけです。
 ところが、「衝撃のオチ」については、毀誉褒貶入り乱れて複雑である、と。

 

 例えば、ですね。
 シャマラン監督の名を一気に世に知らしめて恐らくは今の所最大のヒットであろう、「シックスセンス」とか前作の「ヴィジット」とかは、「丁寧な演出でジャンル映画をひっくり返す」と「衝撃のオチ」の関係性が、「大どんでん返し」として奇跡的にうまく機能している部類であろう。

 ところが、「アンブレイカブル」とか、ワタクシ空中さんの大好きな「サイン」、或いは「ヴィレッジ」等においては、「どんでん返し」というよりは、単なる「肩すかし」担ってしまっているのではないか、と。

 

 ワタクシ空中さんの大好きな「サイン」などはですね、「妻の死によって信仰を失った牧師が、奇跡を目の当たりにして進行を取り戻すハナシ」として傑作だと思うわけですが、どうもコレ、「宇宙人が攻めてくるハナシ」として観るヒトがいるらしく、そういうヒトから観ると、このラストは「はあぁ〜?!!」となるらしい。
 なるほど言われてみればそりゃそうだろうな、と思う。

 「ヴィレッジ」にしてからが、「人里離れた村になんかバケモンが出て少女が襲われる昔バナシ」を期待してみたヒトが「はあぁ〜〜〜〜〜!?!?!」となるのは想像に難くない。

 

 シャマラン映画は常にこの危険を孕んでいる。
 ヤラレタ!と唸る大ドンデン返しなのか、はぁ〜?!と呆れる肩すかしなのか。
 成功したか失敗したかではない。
 「サイン」はアレで成功なのだ(「ヴィレッジ」はもう少しうまく出来んかと思うが)。
 受け手側の問題でもあるのだ。

 

 で、肝心の本作がどっちなんだい?ってことですが、、、

 コレがどんでん返しとして機能してるかどうかは、まさに受け手に委ねられてる感じだなぁ、、、
 ほとんど、シャマランファンにしか訴求しないオチで、一本の完結した映画として金を払った観客に対して不誠実のような気がしないでもない。
 でも、また観ちゃうんだろうなぁ、、、
 なぜならシャマランファンだから。

JUGEMテーマ:映画

at 21:23, 空中禁煙者, 洋画

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「マンハント」 福山が気負いすぎ。

 正直言って西村寿行も読んでないし、高倉健さんのリメイク元も観ていない。福山雅治にもあんま興味ないし、主役の中国人男性は名前も知らなかった。
 それでも観てみたのは、当然、ジョン・ウー作品だからです。

 で、紛れもないジョン・ウー映画でした。

 最近歴史モノのヒトになっていたジョン・ウー。
 久々にヌケヌケとバカアクションやってます。

 何しろ横っ飛びしながら2丁拳銃撃つ奴がいやがる(しかもオンナ殺し屋)。
 さらには「イ ヤもう、セルフパロディで笑かしにかかってるだろ」って勢いで鳩が飛びやがる。

 もう、これだけで満足。

 

 冒頭の、小料理屋でのなんてことない会話から、急スピードで狭い室内での銃撃戦へ展開する呼吸。
 コレは久々にジョン・ウー節を堪能するためだけにある映画です。

 

 しかし「君よ憤怒の河を渉れ」ってこんなムチャクチャなハナシだったの?
 まあ、西村寿行がそんなにシリアスな作家だとも思ってなかったけど、まさか日本の薬品会社が無敵の兵士を作るためにホームレス攫って人体実験してる、なんてハナシに高倉健さんが主演すると思っておらず、ちょっと呆然とする瞬間もある。
 しかしまあ、「野性の証明」の例もあるし、そういうこともあるのだろう。

 

 そしてジョン・ウーの映画として観れば、そんなことは全然気にならない。
 なにしろ主人公は中国人の弁護士であり、その命を付け狙うのは韓国人と中国人のオンナ殺し屋コンビである。あまつさえ、その二者の仲を取り持つのは福山雅治と桜庭ななみの刑事コンビだ。
 もう、どうせ映画全体の印象としては「カオス」である。
 倉田保昭の活躍のあたりでは、もう、ほとんど自分が何を観せられているのかわからなく有様だ。

 

 ジョン・ウーは「日本で人気ある二枚目って誰?」と聞いたら「福山雅治です」と答えられたのではなかろうか。
 そりゃ今の日本を代表する二枚目の一人には違いないが、コレはちょっとミスキャストではないか。
 もちろん福山雅治も世界進出の足がかりとして二つ返事でノリノリでやってるんだろうが、もう、気負いがモロに出ちゃって正直見ていて辛い。
 福山雅治の良さってあの歌番組(まあ、「HEY×3」ですが)で見せる「気負いのなさ」だと思うんだけどなぁ、、、アクションが出来るって売りでもハードボイルドな演技ができるってことでもないし。
 なにしろ高倉健版ではこの役は原田芳雄だ。
 ちょっと無理じゃね。

 

 ま、桜庭ななみちゃんは演技なんか出来てなくってもいいですぅ、、、

JUGEMテーマ:映画

at 01:26, 空中禁煙者, 邦画

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