「時代劇入門」 ガンダムは水鷗流の使い手である。
「時代劇入門」というくらいで入門編なので、ワタクシ空中さんのようなある程度の時代劇ファンには物足りない部分が多い。
しかしワタクシ空中さんの時代劇に対する興味もある程度範囲が限られているので(特に映画に目覚める前の作品)、参考になる部分もある。
本書はある意味、春日太一氏のこれまでの著作の集大成であり、春日氏がかねてより主張してきた、「おじいちゃんの家での『水戸黄門』問題」とか「時代劇はファンタジーと思え」など、改めて読むと、決して旧態依然とした議論や外形から入らず、イキナリ時代劇鑑賞の本質に切り込む論理展開には頭が下がる。
そう、本書は時代劇論であると同時に時代劇「鑑賞」論なのである。
しかし、ワタクシ空中さんはそこで本書の問題点にも気付いてしまった。
ワタクシ空中さんが時代劇に興味を持ったのは「必殺仕掛人」あたりが最初だったろうか。
殺気に溢れた殺し屋と庶民を助ける針医師をシームレスに演じ分ける緒形拳の存在感に、それ以前に父親が観ていた時代劇らしい時代劇とは全く違うリアリティを感じたし、ナニよりも右手に持った刀で人を斬りながら、左手に持った傘で返り血をよける林与一の華麗な殺陣シビレた。
更に続く「必殺仕置人」は華麗な殺陣こそなかったが、仕置人メンバーたちの仕掛人の藤枝梅安を凌ぐ現代的なメンタリティと庶民としてのバイタリティは目を瞠らされた(「必殺シリーズについて書くと止まらなくなりそうなのでこの辺でヤメておくが)。
次に出会ったのが「唖侍鬼一法眼」だったか。
ここで完全に若山富三郎先生に目覚め(言っておきますが全部再放送ですよ)、その後「魔界転生」「子連れ狼」と若山富三郎先生を追い続けることになる。
オレのことはどうでもいい。
ナニが言いたいか、というとですね、そんなワタクシ空中さんが、じゃあ本書で解説・紹介されている、ワタクシ空中さんが時代劇に目覚める前、あまつさえ生まれる前の映画まで遡って観るかというとですね、観ません。
正直、「町山智浩・春日太一の日本映画講義 時代劇編」でも語られていた、時代劇の殺陣がリアル路線に転換する瞬間である、黒澤明までは既に遡っているのだが、それより前は無理。
本書で紹介されている「とりあえず知っておきたいスター30」で言えば、まさに三船敏郎以降であり、尾上松之助から大友柳太朗までのスターを追いかけようと思うかというと、思えませんよね。
そしてある程度時代劇の沼にハマっているワタクシ空中さんでこのテイタラクだとすると、そもそも本書は誰が読むのであろうかという疑問がないでもない。今現在時代劇に興味がないヒトが、昨今の時代劇状況を鑑みて、
「ちょっと時代劇でも観てみようかな、、、と言ってもナニから見ればいいのかな、、、」
と思うだろうか。
春日太一氏がモノするべきなのは、今現在時代劇に興味のないヒトが
「時代劇観てぇ!!」
と思うような強烈なコンテンツとその魅力を紹介することではなかろうか。
本書のような時代劇全体、時代劇という概念の魅力を伝えることが主な趣旨である書は、その後に来るべきであるような気がする。
とは言うものの、ですね。
実は本書、最後にとんでもない隠し玉があるのだ。
最後の最後に収録された
第五部 第三章「殺陣の入り口としての『ガンダム』」
と
《特別インタビュー:富野由悠季監督が語るチャンバラ演出の極意》
こそが本書の白眉だろう。
不肖ワタクシ空中さんは、実は「機動戦士ガンダム」をあまり評価してなかった。
って言うかそもそも観てなかった。
なんかさ、アニメーションとして評価できないっていうかさ、、、
こういう事を言うとガンヲタからとんでもない反発を食らうのである。
曰く「あの設定のリアリティが判らんのか」
曰く「あの深みのあるキャラ設定が判らんのか」
曰く「あの苛烈なストーリー展開が判らんのか」
イヤ、判るのよ。
それ以前のパターン化した巨大ロボットアニメの常識を破った現実的な設定、それでいて「コロニー落とし」のような強烈なSF感。
SF感といえばモビルスーツという名称自体がハインラインの引用ではないか。
そして複雑な背景を背負い、その宿命に縛られ、抗うキャラクター達。
確かにフィクションドグマだけで考えるとガンダムはアニメの歴史を塗り替えた名作だろう。
しかしアニメーションとしてどうなのか。
ワタクシ空中さんはアニメを観るときはアニメーションとしてどうなか、映画を観るときは映画としてどうなのか、小説を読むときは小説としてどうなのか、が気になるヒトなのだ。
それらに共通してあるフィクションドグマ(まあ、設定とかストーリー展開とかキャラ立ちとかね)も重要だが、それ以上にそのメディアににしか無い魅力が気になるのだ。
そういう観点から見ると、ガンダムってアニメとしてはダサくね?
別にアニメが嫌いなわけじゃないのよ。エヴァンゲリオンや原恵一時代のクレヨンしんちゃんは大好きです。つまりそれらは「アニメーションとして」優れていると思っているのだ。
オレのことはどうでもいい。
そんな訳でワタクシ空中さんはガンダムをほぼ観ていなかったのが、言われてみると確かに刀っぽいもの持ってるね。ビームサーベル。
コレは確かに盲点だった。
そういう目でガンダムを観たことがなかったのは認めねばならない。
おのが不明を恥じなければならないだろう。
言われてみれば、ガンダムに出てくる戦術ジェットストリームアタックが子連れ狼から来ている、というのは知ってたりしたのだが、、、
富野監督の書き込みのある絵コンテから、殺陣に対する情熱を読み解く第五部第三章はなかなかの迫力なのだが、それに続くロングインタビューはさらに凄い。
富野監督はなかなか強烈なキャラで、インタビューの出だしで時代劇について聞きに来た春日氏のスタンスを否定しまくる。
「エ?このオジさんなんでキレてるの?」
というくらい。
もう、最初のうちは春日氏が何を言っても否定してくる。
「なぜ聞きに来たのでしょう」
とか
「僕の立場では答えられないなぁ」
の連続である。
しかしそこを食い下がって徐々に富野監督の本音を引き出すことに成功したのは、春日氏のお手柄である。
ほとんど歴史的な快挙と言ってもいいのではないか。
ガンダムという巨大な山脈の秘密の一端を解き明かしたのだ。
そして最終的には富野監督の時代劇への愛情と造詣の深さを引き出すのだが、コレがなかなかワタクシ空中さんのような時代劇ファンにとってもとても興味深い。
殺陣には「人体を切断する(つまり殺す)」という覚悟が感じられなければならない、とか。
従って富野監督は「るろうに剣心」の殺陣を全く評価していない、とか。
ガンダムはこの「人体を切断する」迫力を出すために、実際には(巨大ロボットでは)出来ない動きをさせている、とか。
従ってガンプラではアニメの動きを再現できない、とか。
う〜ん、面白い。
まあ、だからと言って
「じゃあ、ガンダム観てみっか、、、」
とはならないんだけど、、、
あと一つ言っておきたい。
本書は「時代劇入門」というタイトルだが、時代家の魅力のうちでも殺陣・チャンバラに特化した内容であることは意識しておいたほうがいい。
おそらく春日氏も時代劇の取っ掛かりとしては、チャンバラが判りやすいとの判断をしたのだろうが、実は世の中にはチャンバラのない時代劇も多数存在する。
民放の時代劇は絶えて久しいが、NHKではある程度定期的に時代劇が制作されていて、コレはチャンバラのない時代劇が多いのではなかろうか。
さらにココ10年(20年)以上前から出版界では時代劇ブームが続いていて、コレもチャンバラのない時代劇が多いような気がする。
そしてこれらの作品の人気の源は、おそらくは江戸時代以前の日本人の心性が描かれている事にある。
春日氏にはいずれこの「近世以前の日本人の心性」に焦点を当てた時代劇入門に挑戦してほしいと思うワタクシ空中さんであった。
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