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マジックソープ ベビーマイルド 236ml
マジックソープ ベビーマイルド 236ml (JUGEMレビュー »)

中年オトコが石鹸をオススメかよッ!!と言うなかれ。ワタシはコレをガロンボトルで買い込んでます。
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「V.I.P. 修羅の獣たち」 国家として映画と真剣に向き合った結果

 

 すでに旧聞に属するが、韓国映画がアカデミー賞を獲ったのである。
 コレはどういうことかと言うと、今、映画というものに真剣に向き合っている国民は、アメリカの次は韓国国民である、ということだ。
 少なくとも、日本よりは(日本はアニメには真剣に向き合っているが)。
 
 そして、本作「V.I.P. 修羅の獣たち」など観ると、いよいよ韓国映画が、とりわけそのアクチュアルな問題意識を物語化し、またそれをそれぞれの役者が演じきる、という意味において、日本映画などでは及びもつかないレベルに達していることを思い知らされるのであった(って、コレはしょっちゅう同じこと言ってる気がするが)。
 
 北朝鮮に連続殺人鬼がいる、というのである。
 もう、少女を暴行した上に絞め殺して、なぜか家族まで皆殺している。
 そしてそんなことをしょっちゅうやっている。
 北朝鮮にも警察(っぽい?)組織がいて、刑事(っぽい?)仕事をしているヒトがいる。
 そしてその刑事(っぽい?)ヒトにも真面目なヒトがいる。
 しかしこの刑事(っぽい?)ヒトは必死で連続殺人鬼を捕まえようとするが、上層部に邪魔されるどころか抵抗したばっかりに部下とともに左遷されてしまう。
 なぜならこの連続殺人鬼、なんと北朝鮮の高官の息子なのであ〜る!
 というハナシ。
 
 数年後、韓国で似たような連続殺人が起こる。
 そう、あの殺人鬼は韓国に来ているのだ。
 韓国でも強引さがたたって謹慎中のはみ出しデカが必死で殺人鬼を追うが、ココでも邪魔が入る。
 殺人鬼は高官のオヤジの失脚によって韓国へ亡命し、オヤジが管理していた中国の銀行にある北朝鮮の口座番号を知っている、ということで、なんと、CIAと韓国情報部の保護下にあるのであ〜る、と言うハナシ。
 
 殺人鬼逮捕に執念を燃やすはみ出しデカと殺人鬼を保護しなければならない情報部員、そして北朝鮮からおってきた刑事(っぽい?)オトコまで絡んで、この三者で殺人鬼をめぐり激しく葛藤する。
 
 この三人の人物造形が素晴らしい。
 ほとんどネ暗なまでにマジメな北朝鮮の刑事(っぽい?)。やはり北朝鮮の人民はネ暗にならざるを得ないんだろうな、と言うリアリティがある。
 
 そして韓国のはみ出しデカ。
 このオトコの強烈な悪に対する憎悪と執念、そして巨悪を懲らすためなら自ら悪にも染まることすら(捜査のためなら不正もする)辞さない強引なオトコ。
 類型といえば類型では有るのだが、役者さん(キム・ミョンミンさん)の演技がハマっててい、これだけで一本の映画になるくらい。
 
 韓国情報部のエージェントになんと、チャン・ドンゴン。
 情報部員として殺人鬼を守らなければならない立場と殺人鬼に対する嫌悪で揺れ動く彼の葛藤が、この映画をまとめている。
 
 しかしですね、殺人鬼をめぐるこの三人の男たちのそれぞれの役割分担と演技力がこの映画を深いものにしているのは間違いなんですが、実はもうひとり、この三人以上にこの映画を先鋭的にしている人物がいる。
 殺人鬼を演じる、イ・ジョンソクである。
 
 ココにこの美しい少年(当時27ですが、美しすぎて美少年としか言いようがない)をもって来た度胸には恐れ入る。
 正直、衝撃的なほどの美少年で、「まさかこの子が、、、」というほどなのだ。
 日本で言えば千葉雄大が女子中学生をさんざっぱら陵辱した挙げ句惨殺しまくる役をやるだろうか。
 まあ、藤原竜也ならやるだろうけど。
 しかもはみ出しデカや情報部員に対する時の憎々しさ。
 この映画が今後の自分のキャリアに悪影響を与えるんじゃないか、ファンが減るんじゃないか、二度とイイ人の役は来なくなるんじゃないか、などという不安は完全にふっ切って、この映画のみをいい映画にすることだけを考えている。
 こういうところにその国の映画界全体の「映画という芸術に対する本気」を感じてしまう。
 
 アクチュアルな国際政治とサイコホラーとオトコの生き様という、それぞれ一本の映画になり得る要素をスピーディに、しかも微塵も乱れることなくまとめた脚本のテクニシャンぶり(特に、オープニングにクライマックス直前を持ってくるカットバックは素晴らしい)、韓国で大問題になったほどの容赦ない惨殺するシーンに代表される妥協のない演出力(アクションシーンもシャープ!!)、そして大胆なキャスティングと演技力。
 もう、どれをとっても日本映画はかなわないな、、、と思わざるを得ないのであった、、、

 

JUGEMテーマ:映画

at 01:20, 空中禁煙者, アジア

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「消された女」 韓国映画とヤラセとテレビディレクター

 実話が元になっているという触れ込み。
 韓国映画では「殺人の追憶」「カエル少年失踪殺人事件」と過去二作、実在する事件を題材にとった傑作と出会っているので観てみました。
 
 韓国では本人や公的機関の同意(承認)がなくても家族二人と医師の同意があれば精神病院に強制入院させられるらしい。
 そしてこの制度を利用して家族を勝手に入院させて財産をどうこうしちゃう事件が続発したらしい。
 
 というわけで、この制度を利用したストーリーを作った、ということで、実際にここで描かれているようなストーリーがあったわけではないのではないか。あまりにもストーリーがフィクショナルすぎる。
 
 主演は「韓国の井上和香」ことカン・イェウォンさん。
 前にも「韓国の井上和香」だな、と思った女優さんがいたぞ、と思ったら、WOWWOWでやってた「バッドガイズ」に出てたカンさんだった。
 井上和香のような巨乳ではないが(スタイルは抜群)、演技力は井上和香の100倍くらい。
 「バッドガイズ」のときはちょっとアイドルっぽいヒトなのかな、と思ったが、とんでもない会陰技力の持ち主でした。ゴメンナサイ、、、(そういえば、「世界一ヒトを殴るのが似合う役者」、マ・ドンソクを発見したのもこのTVシリーズだったっけ)。
 実際、この映画はカン・イェウォンさんの演技力がなければ成立しない企画ではないか。
 ラストでそれまでの人格とまるで違う人格を演じてみせるシーンまで、ほとんどカン・イェウォンさんの演技力に鼻面引き回されてるうちに終わってしまう。
 
 女性が不当に精神病院に収容されてしまい、脱出しようと四苦八苦する映画は何故か多い。
 当ブログで扱っただけで「チェンジリング」「エンジェル・ウォーズ」「ザ・ウォード」と三作も有る。
 いずれの場合も収容されるのは女性で、男性が収容(不当に)される映画はない。
 しかも「チェンジリング」は実話。
 なんだろう、コレは。
 内田樹先生の言う「アメリカン・ミソジニー」が韓国にも伝播したのだろうか。
 
 「精神病院に不当に収容される女性映画」
 
 というジャンルについての考察をいつかしてみたい。
 
 ところで、ですね。
 この映画にはもうひとつ、脚本上の瑕疵と言ってもいい考察に値する点がある。
 
 この映画のもうひとりの主人公、映画全体の狂言回しとも言うべき男性の設定だ。
 「敏腕テレビディレクターとしてもてはやされていたが、ヤラセ演出が発覚し左遷され、自らの復権をかけて今回の(映画の題材となっている)事件の真相に迫ることに情熱のすべてを燃やす」
というキャラクターは、「カエル少年失踪殺人事件」と全く一緒ではないか。

 実話を描いた映画でこの共通ぶりはちょっとマズいんじゃなかろうか。
 韓国には明らかにこの「ヤラセ発覚で失墜したTVマンが復権を目指す」という類型に対する共通認識があるのだろう。「消された女 カエル少年失踪殺人事件」でググっても特にこの件に関する指摘は出てこないようである。
 あまりにも当然のことだから、取り立ててヒトビトの意識に上ってこないのだろうか。
 今後もこの「復権を目指すTVマン」が主人公の韓国映画は折りに触れ、登場するのだろうか。
 日本で言えば殴り合いの喧嘩をした中高生男子は親友になる的なアレなのだろうか。
 ちょっと違うだろうか。
 
 今回は
「精神病院に不当に収容される女性映画」

「韓国映画におけるヤラセ発覚ディレクター類型説」
という2つの研究テーマを得ました。
 とても有意義な映画体験だったと思います。
 イヤ、マジで。

JUGEMテーマ:映画

at 22:20, 空中禁煙者, アジア

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「カンフー・ヨガ」 ジャッキーの彷徨は続く。

 天下のじゃきちぇんも、もう65才である。
 そうそう無茶ばっかりしてられない。
 
 ここには、既に「酔拳」の目の覚めるようなカンフーは無い。
 「プロジェクトA」の心躍るアクションも無い。
 「ポリスストーリー」の目を覆いたいくなるような破壊もない。
 「スパルタンX」の胸の熱くなる友情もない。
 「ポリスストーリー3」の目を疑うスタントもない。
 
 んなもんなんにもねーじゃねーか、と思うだろうが、そうでもない。
 「なんか」はある。
 「なんか」はあるのである。
 
 80年代後半以降、ジャッキーのライバルはブルース・リーでもジェット・リーでもなく、インディー・ジョーンズであった。
 「サンダーアーム/龍兄虎弟」に始まり「プロジェクト・イーグル」と続く、トレジャーハンター「アジアの鷹」シリーズは、22年後にもう一回「ライジング・ドラゴン」で演じるほどのお気に入りだったが、ジャッキーはハッキリ「インディー・ジョーンズに対抗する」と言っていた。
 しかし「ライジング・ドラゴン」のときに「これはサスガに、もう、トレジャーハンターは無理だな、、、」と思ったのだろう。
 とうとう今回はインディー・ジョーンズと同じ考古学者である。
 もう、オリジナリティとかどうでも良くなっちゃったんだろう。齢を加えることにはこういう利点もある。
 
 ところでインディー・ジョーンズと言えば「冒険と伝奇」である。
 トレジャーハンター「アジアの鷹」シリーズは主に冒険主体で伝奇もの部分は無かったが、今回は伝奇モノ部分があるというところでも、インディー・ジョーンズに近づいている。
 アヴァンタイトルで延々と1,400年前のインドと中国の交流を、何故か全編CGで描く。
 まあ、古代インドと中国の大軍による合戦が主なシーンなので、
「イマドキ大軍勢同士の合戦シーンっつったら端っこの兵隊さんはどうせCGだろ?だったらもう、主役含めて全員CGで」
 ということだろうが、なんだかゲーム画面を観せられているようでイマイチ醒める。
 だったろもう、絵でいいじゃん、という気さえする。
 
 監督は「ポリス・ストーリー3」の「スタントの鬼」、スタンリー・トン。
 スタンリー・トンと言えば観ていて「ウソでしょ!?」というようなムチャクチャなスタントがウリだが、今回はとうとうアクションシーンすらCGに頼るという体たらく。
 若い、まあまあ体の動く奴を二人入れて(アーリフ・リーとEXOのレイ君。全然知らんけど)なんとかアクションしたり冒険したりしているが、要するに、
 
 もうジャッキー・チェンでアクション映画は無理
 
 というもう、何度目になるかわからない確認をしただけの映画になりかねない。
 
 で、今回決定的に「なんかある」と言えるのは、「インド」である。
 まあ、ジャッキーは今まで世界中飛び回っているので、いまさらインドがあるからなんだってハナシになりかねないが、今回は、「ボリウッド」があるのである。
 ボリウッドからキレイドコロの女優一人と悪役用に男優一人連れてきて、なんとかボリウッド風味を出そうとしてます。
 が、これもあくまでも「出そうとしている」という領域を出ない。
 
 ところがですね。
 ラストで、ついに、ジャッキーとボリウッドが完全に融合します。
 
 ボリウッド映画(風)ですから、当然ラストに群舞があるわけです。
 そして、群舞が始まる直前、全員集合で整列した状態、センターに立ったジャッキーが、後ろを振り返後ろに居並ぶ出演者たちに、いたずらっぽく笑いかける。
 この瞬間が、たまらなくジャッキー。
「これから踊るぜ?ジャッキー・チェンが踊るぜ?みんなもよろしくな?
 
 この一瞬で、全てが報われた気がした。
 この一瞬こそが、ジャッキー・チェンなのだ。
 この一瞬で、ジャッキーを満喫できた気がした。
 
 その後のダンスも楽しいのだが、この一瞬に負ける。
 
 一瞬でカンフーにもアクションにも伝奇にも、ボリウッドにすら勝ってしまうジャッキー。
 別にカンフーやアクションができなくても、オレたち(オレだけ?)はジャッキーが好きなのだ。
 
 誰か、カンフーやアクションができなくなったジャッキーを活かせる監督の登場を切に願う。

JUGEMテーマ:映画

at 21:04, 空中禁煙者, アジア

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「ピースブレーカー」 アーロン・クォックの災難、あるいは粗忽警察

 深夜に車で歩行者を跳ねてしまった刑事が、死体を抱えてウロウロするハナシ、と言うわけで、「粗忽長屋」か「ハリーの災難」か、というハナシかと思ったら、全然違った。なかなかどうして、そのちょっと先まで行く、飽きさせない映画であった。
 実は、死体は前半で一回隠すことに成功するのだ。
 しかし、その直後、何者かから「死体をよこせ」と連絡があって、、、というハナシ。

 

 死体を抱えてウロウロする悪徳刑事に、最近どの香港映画を観ても出てるアーロン・クォック。
 メッチャしぶといラスボスに「誘拐捜査」のワン・チエンユエン。
 このしぶとさはワン・チエンユエン以外では成立しないだろう。
 香港映画界の宝ではないかと思うくらいのワルワルしさ。
 やっぱりサスペンス映画はワルワルしい奴がいないと面白くならない。

 

 そう、サスペンス映画なのである。
 スゴいサスペンス。

 

 しかし、一方で「粗忽長屋」でもある。
 コメディでもあるはずである。

 

 つまりこの映画は、サスペンスとコメディを両立させた稀有の映画でもあるのだ。

 ワタクシ空中さんはよくタランティーノを「コメディとサスペンスのバランスを取るのが上手い」と評しているが、タランティーノのようにサスペンスシーンとコメディシーンがバランスよく配されているというのとも違う。
 コメディシーンがそのままサスペンシーンでもある、という稀有の演出を実現した映画でもある。
 笑えるシーンが笑えれば笑えるほど、サスペンスフルになるというある意味最強の構造。

 

 前半、アーロン・クォックが死体をなんとか○○の△△に隠そうとするシーンなど、不謹慎さと笑いと恐怖が入り混じった屈指の名シーンではないか。
 後半もワン・チエンユエンのバケモノっぷりなども、怖ければ怖いほどどこか笑ってしまう。

 恐怖と笑いが入り混じって相互に効果を上げているさまは、まるで甘みと辛味が相互に高め合うするオタフクのお好み焼き用ソースのようである。

 

 相反するものがお互いを高めあうものの比喩をしばらく考えてましたがこれで精一杯でしたスイマセン。

JUGEMテーマ:映画

at 00:46, 空中禁煙者, アジア

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「グレートウォール」 マット・デイモン暗黒伝

 中国は宋王朝時代(西暦でいうと1000年前後)、火薬の交易を求めて二人(元はもっと大勢いたけどみな死んだ)の白人が中国に潜入しようとしていた。
 ある夜、謎のバケモノに襲撃された二人はからくもバケモノの腕を切り落とし、撃退に成功する。
 やがて二人は万里の長城にたどり着くが、あっという間に囚われの身になり、「火薬の秘密を盗みに来た」嫌疑をかけられ、殺されそうになるが、二人が持ち歩いていた「バケモノの腕」を見て、中国人たちは腰が抜けるほど驚愕し、二人への扱いは一変する。

 バケモノは「饕餮」と呼ばれる謎の生き物で、そもそも万里の長城は「60年に一度人間界に攻め込んでくるこのバケモノを防ぐために作られた」ものだという。
 宋王朝はこのバケモノを防ぐために万里の長城に三軍からなる軍隊(何故か「近衛兵」の意味であるはずの「禁軍」と呼ばれている。皇帝直属ということだろうか)を常駐させていた。
 とうていこのバケモノを知りもしない人間風情がたった二人で腕を切り落として撃退出来る代物ではないのだ。
 実は、白人二人が撃退に成功したのは、彼らがそうとは知らず饕餮が苦手とする「ある物」を持っていたからであり、ここから宋軍は饕餮退治のヒントを得るのだが、饕餮の知性は彼らの想像を上回っており、、、

 というハナシ。

 ワタクシ空中さんにとっては「HERO」や「LOVERS」などと言ったうじゃじゃけた武侠映画の、というよりは、北京オリンピック開会式の、といったほうが通りが良い中国映画界最大の巨匠にして、(少なくとも武侠映画に関しては)徹底した映像派、チャン・イーモウ作品。

 

 正直言って「饕餮」などというものを持ち出したトンデモ振りがいまいちチャン・イーモウらしくないなぁ、、、という気もするが、「HERO」もトンデモっちゃトンデモかなぁ、、、などと思う。

 万里の長城の上を、赤と紫と黄色に色分けされた軍隊が隊列を組んで走り回る風景など、いかにもチャン・イーモウだなぁ、というか、もう、ほとんどコレがやりたかっただけじゃねーの?という感じ。
 

 他にも全体に画面が美しいのはさすが。風景、セット、衣装、全てが美しい。
 アクションシーンまで美しい。
 そして、例によって、アクションシーンは美しいものの、キレが良くない。
 動きをストップモーションで見るとカッコいい(美しい)形になっているが、動きのダイナミズムを捉えるのはあんま興味ない、みたいな。

 

 盗賊扱いからやがてヒーローに登りつめる白人役にマット・デイモン。20年前にやってきて軟禁状態の白人がウィレム・デフォー。禁軍の軍師にアンディ・ラウ。
 さすがチャン・イーモウ。
 キャストが題材に不似合なほど豪華。
 禁軍の将軍は「マンハント」のチャン・ハンユー。その将軍が死んで次の将軍に指名されるのが、あまりにもパッチリしたお目々と尖った顎がなんか人造的なジン・ティエン。

 

 ところでワタクシ空中さんが「饕餮」という怪物のことを初めて知ったのは、諸星大二郎の「孔子暗黒伝」だった。
 「孔子暗黒伝」によると、饕餮は元は蚩尤という怪物で、黄帝に逆らって滅ぼされたが、霧を発生させて目をくらます蚩尤に対して黄帝は「指南車」(つまり磁石)を使って自らの位置を知り、勝利したという。
 チャン・イーモウはこういった伝説にも興味があるらしく、本作でもマット・デイモンが持っていた「ある物」とは、マザー饕餮とはたらき饕餮の通信を阻害するものとしての「磁石」なのであった。

JUGEMテーマ:映画

at 20:57, 空中禁煙者, アジア

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「甘い人生」 イ・ビョンホンの名刺代わりの映画

 「密偵」の監督キム・ジウン2005年の作品。
 主演はイ・ビョンホン。
 イ・ビョンホンが全て。

 

 イ・ビョンホンは本作を「自分の代表作」と言っていたそうだが、「代表作」という言葉にふさわしい大作感も先進性もない。
 単なるよく出来たフィルム・ノワールの一本。

 しかし、ココにはイ・ビョンホンの全てがある。

 

 スタイリッシュにキメるイ・ビョンホン。
 回し蹴り一閃、テーブルの上の敵を倒すイ・ビョンホン。
 恋の予感に怯えるイ・ビョンホン。
 悩むイ・ビョンホン。
 テレるイ・ビョンホン。
 決意するイ・ビョンホン。
 情けなく泣き叫ぶイ・ビョンホン。
 銃を乱射するイ・ビョンホン。
 全てを受け入れたイ・ビョンホン。

 

 コレは代表作というより、イ・ビョンホンの名刺のような映画だろう。

 

 監督とキャスティング担当者の会話
「なんかこの役にふさわしい、体の動くイケメンいない?」
「イ・ビョンホンってのがいますけど、、、」
「え?イケメンなの?どんな奴」
「こんなヒトです、、、(「甘い人生」を観せる)」
「ハイ決定!」

みたいな、、、

 

 監督は後に「悪魔を見た」や「密偵」など名作を連発するキム・ジウン。
 ハリウッドに言ってシュワちゃん主演作(「ラスト・スタンド」)を撮ったりします。

 

 まあ、この映画の場合、イ・ビョンホン以外どうでもいいようなもんだが、ヒロインにファム・ファタールにふさわしいインパクトがないのはちょっと残念。
 特にアジア映画の場合、「え?この娘がヒロイン?」と思わせておいて、映画が終わる頃には愛おしくなってるパターンが良くあるが、ちょっと出演時間が短くて、ソレもままならなかった感じ。
 ビッチっぽくならないように気をつけた結果、素朴すぎのまま終わってしまって、ちょっと自分でも消化不良気味なのではないか。

 

 あ、あと、そんな訳で、ですね、イ・ビョンホンの全てがある、と言いましたが、イ・ビョンホンのラブシーンだけはないです。あしからず。

JUGEMテーマ:映画

at 19:13, 空中禁煙者, アジア

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「密偵」 ソン・ガンホ先生のガチの日本語が聞ける

 日韓併合時代、韓国人ながら日帝の警察官として働くソン・ガンホ先生は、上司である鶴見辰吾に、レジスタンス組織「義烈団」の情報を取ってくるように命じられる。
 ガンホ先生は義烈団実行部隊のリーダー、コン・ユに接触して情報を得ようとするが、一方でコン・ユはガンホ先生に民族の自覚を取り戻してもらい、なんとか二重スパイとして取り込もうとする、、、
 というハナシ。

 

 やっぱりコレはかなわないな、と思うのは、ソン・ガンホ先生の内面の描き方に切れ目がないことだ。
 そもそも、ガンホ先生が日本の警察に協力している時点で、ガンホ先生が(少なくともその時点では)「コレが韓国民衆のためにも良いんだ」と思って仕事してるのか、面従腹背なのか分からない。
 コン・ユに接触したときも、日本警察を裏切るつもりで接触しているのか、ホントに情報を得ようとしているのか、分からない。

が、「確実にガンホ先生の心は動いている」のだ。
 それだけは分かる。

 

 どこでどれくらい心の針が揺れているのかはわからない。
 だが確実に揺れている。

 

 逆に、義烈団に協力していても、いずれ逮捕するために油断させているだけのような気もする。

 そしておそらく重要なのは、ガンホ先生演ずる警察官ジュンチュル本人が分かっていないことだ。

 

 迷っているのではない。
 分かっていないのだ。

 

 自分でもなぜこんな行動を取るのか、自分はこの後どうする積もりなのか、分かっていないオトコを、分かっていないオトコとして、そのくせ威厳だけは保とうとして、分かってるふりをするオトコとして、そのまま描いている。

 

 コレはスゴイと思った。
 演出プランとしても度胸がいると思うが、この複雑な難役を演じきったガンホ先生には頭が下がる。

 

 しかし、やがて「その時」はやって来る。
 ガンホ先生がついに決意するときが。

 

 ジュンチュルが行動するとき、観客は初めてジュンチュルが決断していたことを知る。
 おそらくは、ジュンチュル自身、その時はじめて知るのだ。

 

 心優しきテロリストのサブリーダーにコン・ユ。「新感染」とはうってかわった熱い善人振り。
 そしてどういうわけか「新感染」に続いて列車の中で死にそうな目に合うハナシ。

 

 イ・ビョンホンが義烈団団長の役でチラッと出ている。
 友情出演的な顔見世興行で、なんとか演技力でレジスタンスのリーダー役をこなそうとしてるが、あんま似合ってない。
 やっぱりイ・ビョンホンはまだまだ最前線で暴れてもらわないと、、、

JUGEMテーマ:映画

at 01:33, 空中禁煙者, アジア

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「悪女/AKUJO」 「ハードコア」×「ニキータ」×「キル・ビル」×浅野温子

 冒頭から一人称カメラで延々と殺戮が繰り広げられる。
 ははぁ、、、「ハードコア」をパクったな、、、などと思っていると、徐々にコレ、「ハードコア」超えてるんじゃね?という気がしてくる。
 やがて、ちょっとしたきっかけで、一人称カメラをやめて、通常の三人称カメラに変わるのだが(鏡を使ったこの切替がまた絶妙)、その瞬間、この殺戮を繰り広げていたのが、美しい女性だと判明して、さらに我々のド肝を抜くことになる。
 そして、カメラが三人称に切り替わった瞬間、スタントマンから美人女優に交代したんじゃない証拠に、この美女がここからさらなる殺戮を繰り広げるのであった、、、
 大男に首をつかまれて持ち上げられるカットなど、本当に息が詰まっていて、「ス、スゲェ女優だなぁ、、、」と驚嘆せざるを得ない。

 

 映画はこのあと忠実に「ニキータ」フォーマットをなぞり、やがて「キル・ビル」フォーマットへと移行していく。要所要所に冒頭の美女、キム・オクビンの驚異のアクションをはさみながら。

 

 いやこのヒトほんとにスゴイなぁ、、、ホントに爆走する車のボンネットに乗ってるもん。そこからバスに飛びつくのは流石にスタントマンだよなぁ、、、ワタクシ空中さんが観てもいつカット割ったのか全然分からないけど、少なくともボンネットに乗っていているヒト、バスの外壁に取り付いて斧でリアウィンドウを割ろうとしているヒトは本人である。

 

 しかもとんでもない美人。
 ちょっと若い頃の浅野温子似。

 もともとテコンドーの黒帯だそうだが、この映画のために3ヶ月間毎日死ぬほど武器の使い方やアクションを練習したそうである。
 日本ってこういう事できないよな、、、

 

 同世代の長澤まさみちゃんやガッキーが3ヶ月仕事休んでそれ以降の仕事に役立つかどうかわからないアクションの練習しないよなぁ、、、
 清野菜名ならやるかなぁ、、、
 こういうところで差がついていくんだろうなぁ、、、

 

 ほんと、そもそも「シュリ」を観たあたりから、「日本映画って韓国映画に負けてね?」と思っていたが、こういう映画を見ると決定的な差がついてしまったことをヒシヒシと感じる。
 「シュリ」や「JSA」を観た時点では、「やっぱ準戦時体制のアクチュアルな危機感にはかなわないな、、、」などと思っていたが、映画(界)というものは、そういうところを突破口にして進化・洗練していくのだろう。

 

 ココまで驚異のアクションの連続であれば、ストーリーラインはもう、いろんなフォーマットのツギハギでもかまわない、というかある程度シンプルにするか、借り物のフォーマットをしらけない程度にツギハギしたほうが良いのだろう。
 ここであんまり複雑だったり斬新なストーリーぶちかまされても焦点がブレるというものだ。

 

 しかし、そのツギハギストーリーをガッチリつないでいるのは、やっぱりキム・オクビンの演技力なのだ。
 主人公は冒頭の大殺戮のあと、国家機関に捕まって整形手術で顔を変えられている、という設定である。
 確かに顔が違うので、最初ワタクシ空中さんは違う女優さんなのだろうと思っていたが、どうも同じオクビンさんらしい。
 

 ちゃんと演技もできる美人女優であるにもかかわらず命がけのアクション。

 スタントマン志望だった「殺人の告白」の監督、チョン・ビョンギルももう、タジタジだったのではないか。

JUGEMテーマ:映画

at 20:52, 空中禁煙者, アジア

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「西遊記2〜妖怪の逆襲〜」 いっそ続編じゃないことにして欲しかった、、、

 メインキャストが変更、と聞いて、あまり期待してはいなかったが、ココまでヒドいとは、、、という感じ。

 イヤ、ヒドいというかなんというか、あの、「はじまりのはじまり」の続編だと思わなければ、普通にツイ・ハーク監督が西遊記モノを撮ったっていうだけだったら、そこそこ観られる映画なのかなぁ、、、

 

 そう、メインキャストだけじゃなくて、監督もツイ・ハークに替わってます。
 かつて香港映画界のスピルバーグとまで言われてた巨匠も、後輩に仕事もらって糊口をしのいでいるのか、もしくはもう、いい加減やりたいことやり尽くしたから、後輩の後始末で暇つぶししてるのか、、、

 

 「妖怪の逆襲」(原題は「伏妖篇」)というくらいで、妖怪とのバトルが三回くらいあり、どれも妖怪のイメージとアクションは良いといえば良い。
 蜘蛛女や紅孩児の不思議なヴィジュアルは素晴らしいと思う。
 一転して白骨夫人が儚げな美少女のまま、というのも変化が付いていいんだけど、、、

 

 白骨夫人は「人魚姫」のリン・ユンで、やっぱりチャウ・シンチー作品の匂いも漂わせて入るんだけどなぁ、、、

 「北京より愛を込めて!?」以来我々を驚愕させてきたシンチー先生のムチャクチャなギャグセンスも、玄奘が妖怪退治のお礼にと比丘尼国の王に送られた300人の女官が全員ブス、っていうくらいかなぁ、、、

 

 ダメ。
 もう続かない。
 つまらないです。
 ハッキリ言って。

 

 もう、「はじまりのはじまり」の正式な続編であることを証明するためだけに出てくるような、回想シーンのスー・チーさんや、玄奘の師匠、更にはエンディングの「Gメン75」のテーマが、かえって悲しい。
 いっそ、続編としてじゃなく観たかった。
 それくらい前作と違いすぎる。
 ナニがあったんだ、、、

JUGEMテーマ:映画

at 21:14, 空中禁煙者, アジア

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「ソウル・ステーション/パンデミック」 韓国のアニメ事情と社会問題について

 という訳で、「新感染〜ファイナル・エクスプレス〜」の前日譚。

  監督のヨン・サンホはもともとアニメ作家で本作の実写化をオファーされたが、どうせなら新作をと考え、本作のラストから始まる「新感染〜ファイナル・エクスプレス〜」を作ったということらしい。

 

 本作を観てわかることは、ヨン・サンホ監督に、「アニメ作家である必然性」は無いな、ということ。
 本作もフツーに最初から実写で作られるべきモノであるが、おそらくは実写よりは低予算で作れる、と言う程度の理由でアニメなのだろう。

 

 なぜなら本作にはアニメとしての楽しさなど微塵も無いから。

 

 「アニメとしての楽しさ」というのは若いヒトには通じにくい概念だろう。
 あまりにも当たり前に全てがアニメとして存在していて、「何故アニメなのか」などという問いが頭に浮かぶ隙はないと思われる。

 コレはワタクシ空中さんは、そのアニメ黎明期に手塚治虫という、内部に様々なダイナミズムを抱え込んだ大天才にして巨人を擁する日本独自の現象だろうと思っていた。

 

 手塚治虫はディズニー的なアニメの楽しさに狂おしいばかりに憧れるあまり、とにかくアニメを量産しなければならないという使命のもと、低予算でアニメを「毎週毎週」制作し続けるというムチャクチャな潮流を定着させたヒトである。

 一方で映画においては、TVアニメの罪滅ぼしのようにアニメ本来のテーマである「メタモルフォーゼ」にこだわり続け、比較的良質なアニメを作っていたが、だいたいコカしていた。

 

 何故コカしていたかも重要なテーマであるが、あまりにもヨン・サンホと関係ないので、今回は割愛します。

 

 そう。
 アニメーションとはもともと「アニミズム」と同源の言葉であり、「霊魂のないモノに霊魂が宿る」ことなのだ。
 従って、ネズミや猫や人形や車が、あたかも霊魂があるかのように歌い、踊り、暴れまわり、泣くアメリカのアニメは、「アニメとしての楽しさ」を湛えている、ということになる。

 

 日本のアニメはその後手塚治虫的な低予算量産体制を独自に克服し、世界的な(ある意味根源的な)アニメの楽しさと全く別にとんでもないレベルに達したのだが、そのハナシも今回は割愛します。

 

 そんなわけで、「実写で撮る予算がないからアニメ」で撮るアニメ作家が評価されている、というのが韓国アニメ界の現状なのだな、と思うのであった。

 

 で、ですね、「アニメである必然性が無い」ことに目をつぶれば、本作も「新感染」同様よく出来てます。
 やはりメインは人間ドラマに置かれているが、ちゃんとパニック下における人間の反応をドラマ化できていて、巧いなぁと思う。

 

 特に感心するのは、ゾンビを使って、韓国の、他人に対する無関心、ホームレスから無職、売春するしか生きるすべがない少女に至る貧困層の問題を抉り出すことに成功していることだ。

 

 「新感染」はスター俳優を使った初の実写ということで、ある程度ヒットを狙った娯楽作品だったのだな、と分かる。
ゾンビ映画としては珍しく救いがあった「新感染」に比べ、本作にはほとほと救いがない。
 なにしろ恋人に売春を強要されてる少女がホームレスに紛れて逃げるハナシである。
 生き延びても生き延びられなくても行く手には絶望しか無い。
 監督の感じている絶望感がヒシヒシと伝わってくるではないか。
 ヨン・サンホ先生、ハッキリと社会派なのだ。

 

 で、ですね。
 「アニメ作家であること」が金の問題に過ぎなかった証拠に、ヨン・サンホ先生の次回作「サイコキネシス」も実写だそうです。
 さもありなん。

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at 21:21, 空中禁煙者, アジア

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