smtwtfs
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>
profile
recommend
マジックソープ ベビーマイルド 236ml
マジックソープ ベビーマイルド 236ml (JUGEMレビュー »)

中年オトコが石鹸をオススメかよッ!!と言うなかれ。ワタシはコレをガロンボトルで買い込んでます。
映画検索
カスタム検索
  
 
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
★の数が意味するところ
★★★★★
生涯のベスト10を塗り替える勢い
★★★★
ブルーレイがでたら買うかも
★★★
観といて損はなかったかも
★★
別に観なくてもよかったかも

金はいいから時間返せ
bk1
new entries
categories
archives
recent comment
  • 「スパイダーマンTM3」  え?え?TMってナニ?
    空中禁煙者 (01/23)
  • 「スパイダーマンTM3」  え?え?TMってナニ?
    nk (01/22)
  • 「必殺始末人」 トシちゃん渾身の殺陣が堪能できる
    空中禁煙者 (07/04)
  • 「必殺始末人」 トシちゃん渾身の殺陣が堪能できる
    台湾人 (07/03)
  • 「必殺始末人」 トシちゃん渾身の殺陣が堪能できる
    空中禁煙者 (07/02)
  • 「必殺始末人」 トシちゃん渾身の殺陣が堪能できる
    台湾人 (07/01)
  • 「ザ・ライト エクソシストの真実」 コレで実話って言われてもなぁ、、、
    空中禁煙者 (06/29)
  • 「ザ・ライト エクソシストの真実」 コレで実話って言われてもなぁ、、、
    通りすがり (06/28)
  • 「ゼロの焦点」 中島みゆきのエンディング・テーマがビックリするくらい浮いている
    通りすがり☆ミ (12/08)
  • 「必殺始末人」 トシちゃん渾身の殺陣が堪能できる
    空中禁煙者 (06/03)
recent trackback
links
mobile
qrcode
others
無料ブログ作成サービス JUGEM
search this site.

「マンハント」 福山が気負いすぎ。

 正直言って西村寿行も読んでないし、高倉健さんのリメイク元も観ていない。福山雅治にもあんま興味ないし、主役の中国人男性は名前も知らなかった。
 それでも観てみたのは、当然、ジョン・ウー作品だからです。

 で、紛れもないジョン・ウー映画でした。

 最近歴史モノのヒトになっていたジョン・ウー。
 久々にヌケヌケとバカアクションやってます。

 何しろ横っ飛びしながら2丁拳銃撃つ奴がいやがる(しかもオンナ殺し屋)。
 さらには「イ ヤもう、セルフパロディで笑かしにかかってるだろ」って勢いで鳩が飛びやがる。

 もう、これだけで満足。

 

 冒頭の、小料理屋でのなんてことない会話から、急スピードで狭い室内での銃撃戦へ展開する呼吸。
 コレは久々にジョン・ウー節を堪能するためだけにある映画です。

 

 しかし「君よ憤怒の河を渉れ」ってこんなムチャクチャなハナシだったの?
 まあ、西村寿行がそんなにシリアスな作家だとも思ってなかったけど、まさか日本の薬品会社が無敵の兵士を作るためにホームレス攫って人体実験してる、なんてハナシに高倉健さんが主演すると思っておらず、ちょっと呆然とする瞬間もある。
 しかしまあ、「野性の証明」の例もあるし、そういうこともあるのだろう。

 

 そしてジョン・ウーの映画として観れば、そんなことは全然気にならない。
 なにしろ主人公は中国人の弁護士であり、その命を付け狙うのは韓国人と中国人のオンナ殺し屋コンビである。あまつさえ、その二者の仲を取り持つのは福山雅治と桜庭ななみの刑事コンビだ。
 もう、どうせ映画全体の印象としては「カオス」である。
 倉田保昭の活躍のあたりでは、もう、ほとんど自分が何を観せられているのかわからなく有様だ。

 

 ジョン・ウーは「日本で人気ある二枚目って誰?」と聞いたら「福山雅治です」と答えられたのではなかろうか。
 そりゃ今の日本を代表する二枚目の一人には違いないが、コレはちょっとミスキャストではないか。
 もちろん福山雅治も世界進出の足がかりとして二つ返事でノリノリでやってるんだろうが、もう、気負いがモロに出ちゃって正直見ていて辛い。
 福山雅治の良さってあの歌番組(まあ、「HEY×3」ですが)で見せる「気負いのなさ」だと思うんだけどなぁ、、、アクションが出来るって売りでもハードボイルドな演技ができるってことでもないし。
 なにしろ高倉健版ではこの役は原田芳雄だ。
 ちょっと無理じゃね。

 

 ま、桜庭ななみちゃんは演技なんか出来てなくってもいいですぅ、、、

JUGEMテーマ:映画

at 01:26, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「孤狼の血」 仁義どころか正義まである戦い

 正直、「仁義なき戦い」をやっておるですが、、、

 

 当時のニュース映像をモンタージュするオープニングなど、今にもディンドンディンドン♪とあの、「仁義なき」のテーマが聞こえてきそうである。
 また、開巻早々、
「ちょっとした殺人刑じゃの」
などと「仁義なき」の名セリフも飛び出し、もう、完全に「仁義なき戦い」ごっこをやってますよ、と声高らかに宣言している。

 

 さらに、「仁義なき戦い」出演者の中で最大の映画マニアである山城新伍が「ああ、ロベルト・ロッセリーニをやっているんだな、、、」と思ったという、群衆の中に突っ込むカメラワーク。
 あるいは、その山城新伍と千葉真一のキャラクターを合成したような竹野内豊のキレっぷりや、石橋蓮司の、意識してやってるのかわからない程度のギリギリの金子信雄のマネ、等こちとら「仁義なき」マニアの琴線をいちいちくすぐってくる。

 

 でも主人公がヤクザじゃなくて刑事じゃないかって?
 ノープロブレム。
 ちゃんと刑事が主人公の「仁義なき」の姉妹作、「県警対組織暴力」があるではないか!
 そう、現場のデカと警察上層部がそれぞれ別の対抗組織とくっついてるとか、本作は「県警対組織暴力」をネタにしたと思しき部分もある。
 どうせどっちも笠松和夫脚本、深作欣二演出、菅原文太主演の「実録モノ」なので、もう、その辺は混然一体としてる。

 

 まあ、役所広司なら何やらせてもどうせそれなりにキメてくれるだろう、とか、とりあえずスケジュールとギャラの折り合いのつくイケメンってことで松坂桃李クンが呼ばれたっぽいとか(ココこそ白石組の綾野剛か山田孝之ではないのか)、なんでMEGUMIも真木よう子も乳出さないんだ当然出すだろとか、キャスティングが安易な気もするが、なかなかどうして、ほぼ、「あの雰囲気」を出すのに成功しているような気もする。

 安易じゃないキャスティングとしては、巷間、中村倫也のキレキレ三下っぷりが評判だが、ワタクシ空中さんは音尾琢真のスケベ準幹部っぷりに痺れた。今どきちゃんとした役者さんでこんなヤクザ顔のヒトいるんだねぇ、、、
 「孤狼の血」という映画全体が、このヒトの「カッコ良くないヤクザ顔」のおかげで、ヤクザ映画としてビシッと締まった感じすらある。

 

 暴力描写の具体性においては、「仁義なき」すら超える気すらする。
 豚の肛門から糞が出てくる瞬間を捉えた映画、という意味では、「ピンクフラミンゴ」級の狂気をにじませているかもしれない。

 

 

 ところが、ですね、この映画、最後の1/4で、急に「正義について」の映画になってしまう。
 この瞬間、ワタクシ空中さんの体からプシュウ〜〜〜ッと音を立ててこの映画に対する興味が抜けていくのを感じた。

 

 言っておきますが、ですね。
 「仁義なき戦い」に「正義」なんてものは一切出てこない。
 正義どころか仁義さえ失われた世界のハナシだ。
 「県警対組織暴力」も、正義に絶望した者たちのハナシである。

 

 だからこそ面白いのだ。
 だからこそ実録モノなのだ。

 

 実録モノとは、ソレまでの任侠の世界で正義を貫いていた(ソレによってひどい目にあってきた)主人公を様式美を持って描くことを否定して、この世に正義もクソもアルもんかい!!と叩きつけたジャンルである。

 東映実録モノの世界と、正義の味方のハナシは到底接合しないのだ。

 

 ソレに原作者も脚本家も監督もプロデューサーも誰も気づかないとは何事であろう。
 役所広司くらいは気づいて欲しかったと思う。

 

 どうしても「正義も仁義も失われた世界で正義を貫こうするオトコ」を描きたいのなら、わざわざ前半で「仁義なき」ごっこをする必要はない。
 それなりの描き方があるだろう。

 散々「仁義なき」ごっこで客を釣っておいて、「実は正義のハナシでした」と言うのは虫が良すぎるのではないか。

 

 でもその「仁義なき」ごっこがケッコウ面白いんだよなぁ、、、

JUGEMテーマ:映画

at 20:25, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「亜人」 超高密度の脚本に脱帽

 正直言って「踊る大捜査線」の本広克行がこんなタイトな映画を作るとは(作れるとは)思わなかった。
 全くまいどまいど本筋をドライブするのに必要あるんだかないんだか分からない(まあ、ないんだが)エピソードばっかりグダグダ繰り広げやがってからに、映画は長い目のTVシリーズの一本ちゃうぞコラ、と言うようなもんである(コレはまあ、「SPEC」シリーズの堤カントクにも言えることだが)。
 しかるにこのタイトさは何事であろう。

 

 やっぱり脚本が良いのかなぁ、、、などと思って調べると、二人いる脚本家はどちらもアニメをメインなフィールドとして活躍しているヒトであった。
 特に瀬古浩司氏は、子供と一緒に観ていて第一話のあまりの高密度、急展開にワタクシ空中さんのド肝を抜いた、驚異のスチームパンクアニメ「甲鉄城のカバネリ」の脚本家であった。

 なるほどねぇ、、、

 おそらくは相当長大かつ複雑、超ハードにして超アグレッシブな原作の設定を、グダグダした説明なしに映像の力でガシガシ納得させてどんどんハナシを前に進める手腕には恐れ入る(正直、中盤になってから「ああ、そういうことなのね、、、」と思う展開もあるが)。

 

 「無限の住人」と同じく「何故か身体が再生される」人間を軸にしたハナシなのだが、さて、もし「死なない(死んでも再生される)」人間がいるとしたら、どういう利用価値があるでしょう。
 日本政府はなんと、彼らを監禁してありとあらゆる人体実験を試みているのである。あらゆる新薬、あらゆる毒ガスの効果を彼らを使って調べているのだ。
 したがって、彼らは何回も死ぬ。
 どうせ生き返るし。
 彼らは、死の苦しみを何度も何度も味わっている。
 人生に対してなんの希望もなく。

 

 逃げ出さないかって?
 大丈夫。
 手足をちょん切っちゃえばよろしい。
 どうせ死んだら生えてくる。

 

 今、一番自由でアグレッシブで不道徳なフィクションジャンルはコミックだと思い知らされざるを得ない、超ハードな設定ではないか。

 

 そう、同じ不死を扱っていても、「無限の住人」と違うのは、「亜人」では「怪我は治らない」ということだ。
 完全に死んだときだけ、全てが一瞬で回復する。

 

 「無限の住人」のレビューでワタクシ空中さんは

『万次自身が「切り落としてもスグ再生する」と言う自らの利点を「前提とした」戦略を取るところまでは行っていない』

と書いたが、なんと、本作ではそれをやっている。
 長年に渡る実験動物生活で狂気にとりつかれた亜人テロリスト佐藤(綾野剛)は、自らの「死から一瞬で再生する」という利点を最大限活かした戦略を取る。
 戦闘に不利になるような負傷を負うと、あっさり自分の頭を銃で吹き飛ばして一瞬で再生するのだ。
 さらにこの論理を敷衍して、あっと驚く離れ業を演じてみせる。
 コレには驚いた。
 ある条件だけを設定して、そこから何を得られるか、徹底的に思考実験を繰り返した跡が見える、驚異の脚本(原作)だと思う。

 

 残念なのはこの超高密度な脚本に見合ったアクション演出が出来ているかどうかだが、、、
 やっぱりそこは本広克行じゃ無理だよな、、、
 一応観ていてイライラするような出来ではなく、テンポよく繋いではいるが、「迫力ある画作り」みたいな意味では、邦画界にももっと上手いヒトいるんだけどなぁ、、、と思っちゃう。
 コレもまた日本映画界のプロデューサー不足の弊害なのかな、、、

 

 全体的に、複雑な設定の役柄を課せられた佐藤健と、どれだけ狂気を表現できるかを楽しんでいる綾野剛の演技合戦としても観れる。

 しかし、一番驚いたのは川栄だ。
 「めちゃイケ」で「バカのセンター」に認定され「嘘だろーーがっ!!」などと吠えていた頃の川栄から、誰が今の彼女を想像できたろう。
 アクションは流石に要所要所吹き替えを使っているが、コレも複雑な過去を背負った少女を演じ切っている。 
 いい映画に出会ったね。

JUGEMテーマ:映画

at 01:15, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「無限の住人」 「再生する身体」という戦略

 えーっとですね、コレ、過去に何回も書いてる気がしますが、小林信彦氏の提示した「シーゲル祭り」と言う概念があります、と。
 も、メンド臭いんで前回この「シーゲル祭り」に言及した部分をまるごと貼りますが、

 

『小林信彦氏は、往年のアクション映画の名匠、ドン・シーゲルの手法に「シーゲル祭り」と名前をつけていた。(だいたいどんな映画でもラストに向けてエスカレートしていくものだが)アクション映画のアクションというものは、なだらかなエスカレーションではいけない。どこかで、それまでのエスカレーションから予想される暴力を、量的にも質的にもはるかに上回る爆発が必要なのだ。
ドン・シーゲルはその辺が解っていて、必ず爆発的なエスカレーションを用意していた。コレを評して「シーゲル祭り」と名前をつけたわけだ。
もっとも、何事も言うは易く行うは難し、「シーゲル祭り」もいざやろうと思うと結構大変であることは想像に難くない。「予想を上回る」と言っても、下手に上回りすぎると、ただ「ハァ?」となって終わりである(この「ハァ?」感を逆手に取ったのが三池崇史の「Dead or Alive」だろう)。』

 

 となっております。
 で、この「無限の住人」こそ問題の三池崇史監督作品なわけだが、、、

 

 三池崇史といえば上でも書いたように、「シーゲル祭り」をさえ逆手に取って、「三池祭り」とでも言いたくなるような映画史上に残るウルトラCを演じたヒトである。
 が、本作のラストでナニかが「量的にも質的にもはるかに上回」っているのかというと、ですね、まあ、「人数」がはるかに上回っています。

 

 イヤ、人数て、、、

 量的にってそういうことじゃないんだよな、、、

 

 ラストはキムタクと杉咲花ちゃんと、それまではこの二人の敵だった福士蒼汰クンが一時的に共闘して公儀の捕り手300人と切り結ぶわけです。
 わけですが、そりゃ若山富三郎先生だの萬屋錦ちゃんだのが300人切るんなら期待もするし見てられるけどさ、いくらキムタクが元剣道部で時代劇で剣豪役経験も豊富と言っても、無理でしょ。
 ましてや花ちゃんや福士蒼汰クンはシロートであって、シロートが延々チャンバラやって見せられるものになるほどチャンバラは甘くないのよ。
 萬屋錦ちゃんだって吉岡一門70人がせいぜいではないか。

 

 世界のクロサワは「椿三十郎」において、映画の中盤で三船敏郎に、40秒で30人斬り殺すという驚異の大殺戮を演じさせる。このシーンはほんとに怖くて、御船の味方の若侍たちも正直チビっていて前作「用心棒」に比べるとユーモアが多いこの映画において、「ああ、中盤でここまでやったら、あとは最後までドラマで繋ぐんだろうな、、、」などと観客はこの大虐殺のあと、一瞬油断してしまう。

 ところがクロサワは、ラスト近くの数十秒、一対一の対決で、あっという間に観客のド肝抜いてしまうのだ。
 極言すればたった一瞬の殺陣で、その後の映画史の「対決シーン」を一変させてしまう「クロサワ祭り」を観客に叩きつけてくるのだ。

 

 「質的にはるかに上回る」というのはこういうことであって、ただダラダラ人数だけ増やせばいいというものではない。

 

 とはいうものの、この映画、ラストで「あ〜あ、やっちゃった、、、」と思わせるまでは思ったよりイイです、、、(どっちなんだよ!!)

 キムタクは昔から「ナニをやってもキムタク」と批判されることが多いが、ワタクシ空中さんは、「ナニをやってもキムタク」でもいいではないか、と思う。
 スターとはそういうものだ。
 クリント・イーストウッドだってジャッキー・チェンだって、ナニをやってもクリント・イーストウッド、ナニをやってもジャッキー・チェンではないか。

 

 ワタクシ空中さんは、主人公の万次をキムタクなりに自分のものにしていると思う。
 主人公の万次が「ああ、この主人公は照れ隠しにぶっきらぼうなこと言う(キムタクみたいな)奴なんだな」と思わせることに成功している。

 

 そして本作は、剣豪俳優のいなくなった時代の殺陣に「不死のオトコ」というギミックを持ち込んで一石を投じてもいる。

 正直言ってワタクシ空中さんは本作におけるキムタクの殺陣をそんなに評価しないが、「損傷した箇所を自分で切り落としてしまう」という戦略が使えることによって、通常より見応えのあるチャンバラを実現しているのだ。
 例えば手が矢で地面に縫い留められれば、自ら手を切断して再生を待てば良いのだ。戦いに不利になった手や足を自ら切断する様は、確かにハッとする。

 

 残念ながら、万次自身が「切り落としてもスグ再生する」と言う自らの利点を「前提とした」戦略を取るところまでは行っていないが、もともと万次自身とんでもない剣豪の設定とはいえ、敵キャラが到底人間とは思えないバケモノばっかりななか、どうにか万次が勝ち続ける契機としては十分機能している。

 

 まあ、総集編的にならざるを得ないので、個々のキャラのドラマが薄くなっているのはしょうがない。
 戸田恵梨香とか栗山千明とかビックリするような贅沢な女優陣を使って殆どなんのために出てきたのわからない。
 ただ、原作ファンへの言い訳のためだけに出てきてるわけで、どうせブツブツの総集編なんだから、もっと刈り込んじゃえばいいのに、と思うのは原作読んでないからなんだろうが、映画ってそうゆうもんでしょ。

 

 ただ、市原隼人だけはキャリアを代表するようなハイテンション演技で印象を残す。
 杉咲花ちゃんはまだ可憐さとひたむきさの間でフラフラしてる感じ。うまく演技をつけて両方同時に表現できるようにしてほしいもんだが、多分、三池さんはそういうの興味ないんだろう。

 

 三池監督の興味をそそったのはおそらく「再生される身体」と言うギミックを使ったチャンバラだけで、それ以外はいつものやっつけ仕事。
 まあ、そういうヒトなんだからしょうがないかなぁ、、、

JUGEMテーマ:映画

at 04:59, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「ほんとにあった!呪いのビデオ 74」 史上最大のオープンエンド!

 コレも前から何度も言ってることですが、「不可解なもの」の出現の瞬間を、カメラワークで誤魔化しているパターンが多すぎる。

 一瞬、カメラが振れて、戻ってくると写っている。
 一瞬視界が塞がれ、塞いでいたものがどくと写っている。

 

 ああいうとき、「不可解なもの」はどういうふうに出現してるのかねぇ、、、
 パッと突然そこに現れるんだろうか。
 ジワ〜っとにじみ出てくるんだろうか。

 

「山道」
 またウェラブルカメラ系。
 マウンテンバイクで山道を延々と走るが、バランスを崩して倒れてしまい、崖を転がり落ちる。
 倒れていると、「不可解なもの」がもの凄い勢いで接近してくる、、、

 下手をすると失笑モノだが、「不可解なもの」が手で這いずってくるのは、下半身がないからではないか、と思わせる手の込んだ演出と、中村氏の、「人里離れたこのような地では、我々の想像もつかないことが、、、」的なナレーションに救われている。

 

「積載車」
 事故車を運ぶレッカー車。「事故車」というところがいかにもなんか出そう、、、

 

 とは言うものの、事故車の陸送車の運転手が、眠気を防ぐために自分が陸送する様子をネットに流している、というのはいかがなものか、と思う。
ネットはオマエの眠気覚ましのためにあるんじゃないから。

 

 予想通り助手席になんか出るわけですが、例によって顔がハッキリ写っている。なんか丸すぎるオンナの顔が。
 全体はカラーなのにこのオンナだけモノクロに見えるのも、逃げと言えば逃げ、気の利いた演出といえば演出。
 一瞬、投稿者の手がカメラを覆い隠し、手をどけたときにはそこに存在している、毎度おなじみの展開も、逃げと言えば逃げ、演出といえば演出。

 

「ドッキリ」
 TV番組のドッキリ企画の最中に(というか番組のために撮影した映像に)、不可解なものが写っている、というメンド臭いネタ。
 佐野マリアという、一応ググればちゃんとタレントして名前が出てくるヒトを巻き込んでいるの新味かなぁ、、、
 そこで燃え尽きちゃって他になにもない気がする。

 

「シリーズ監視カメラ 二階の和室」
 ニューメディアもの。

 世の中の監視カメラには、録画メディアに有線で繋がず無線で飛ばしているタイプのものがある。しかし、なぜかパスワードを設定していないために、周囲にダダ漏れになっていたりする。
 そしてさらにそういうダダ漏れ映像を集めたサイトがネット上に存在する。

 コレはそんな中の一本を見た奴からの投稿。

 

 監視カメラというと屋外にある印象だが、なぜか屋内、しかも無人の和室を写し続けるカメラ。
 終始無人なので、基本ナニも起こらないのだが、やがてふすまに不思議な影が、、、
 人間の影のようだが、結構大胆に形が変わる。
 ちょっと71巻の「停電」を思わせる。
 福田氏のことだから、ナニかの伏線なんだろうか。

 

 このサイト、なんとダダ漏れ映像の出どころまでちゃんと出ているのである。
 当然、スタッフは突撃する。

 結構な高級住宅街で、上品な婦人が対応に出てくる。

 

 ワタクシ空中さんは、この婦人の言を聞いて、ちょっと驚いた。
 驚愕の展開と言ってもいいのではないか。
 まさかこうなるとは、、、

 71巻の「かくれんぼ」に次ぐ、「奇妙な味」の作品と言っていいだろう。

 

「カメラ機能」
 コレもニューメディアもの。なにしろスマホのいわゆる「ライブフォト」機能がないと成立しない。
 イヤ、成立するか、、、

 

 要するに写真にオレンジの光のスジが入り込んでいるので、前後のコマを確認してみたら、オンナの顔が写っていた、と。
 なんでこんなに真面目な顔して正面向いて写ってるのか、ちょっと不思議。

 

「おくりもの」
 まあ、三ヶ月に渡ってつきあわされたわけですが、結果的にほん呪始まって以来の問題作になりましたね。
 前回までにさんざっぱら撒き散らされた伏線が一切、徹底的に、もう、ほんとにイッコも回収されまいまま終わる、という単に「ほん呪」の歴史に限らずありとあらゆるフィクション(まあ、のフィクションでもドキュメンタリーでもいいけど)の歴史に追いて前代未聞の終わり方と言っていいのではないか。

 

 なんかオープンエンドとか「謎のレベルが大幅に一段上がって終わる」的なパターンのつもりなのかなぁ、、、

 

 えーっと、前回、「そうだ!モッカになればいいんだ!」とか言ってベランダから飛び降りた女子小学生の映像ありましたね。今回、あの飛び降りた小学生の元同級生、という女子中学生Kさんが出てきます。 
 Kさんの証言によると、元同級生はRちゃんという名前であり、やはり彼女は亡くなっている。
 そして亡くなったあと、問題の映像はRちゃんをイジメた同級生たちの携帯に送られて、それを見た同級生たちが一斉にパニックに陥り、教室や廊下でのたうち回りながら苦しんでいた。
 ココで、中村氏のナレーションが入る。

「しかし、そこには、、、絶対に許されない矛盾が存在していた、、、」

 つまり、少女Rが亡くなっているのなら、自分が死ぬときの映像を送りつけることは出来ない。

 一体誰が同級生たちに映像を送ったのか、、、

 

 さらに、Kさんは驚愕すべきことを言い出す。
 Kさんはなんと、この「おくりもの」シリーズに、Rちゃんのお母さんに似たヒトが出ている、と言う。
 そしてそれは、そもそものすべての発端、磯崎家の妻、薫さんなのだと、、、

 

ええええええええええーーーーーーーー???!!!

 

 すべての元凶が薫さんだとすると、茂氏と悦子さんが謎のキスしてて、茂氏が「おくりものをもらった」って言ってたってハナシはどうなるわけ?
 この時点までは悦子さん発信だったはずのハナシが逆転してない?

 

 さらに、委員会はこの時点で致命的なミスを犯していると思う。
 Kさんへのインタビューは73巻の予告に出てきているのである。
 ということは、Kさんが72巻を見て73巻の予告に出てくるまで一ヶ月以下ということになってしまう。

Kさんが72巻を見る。
△曚鷦委員会に連絡を取る。
Kさんのインタビュー映像を撮る。
な埆犬垢襦
イ修梁召離┘團宗璽匹發垢戮栃埆犬鮟えて完パケにする。
Ε泪好拭爾鮴擇襦
Д廛譽垢垢襦
┘僖奪院璽献鵐阿垢襦
卸に流れる。
小売店(レンタル屋)に流れる。

 

 コレがすべて一ヶ月で終わる訳がない。
 正直言ってΔ△燭蠅濃間切れではないか?

 

 川居女子はわざわざKさんに市販品は顔にモザイクが掛かっていることを指摘して、「雰囲気が似ているってことですか?」と確認し、その後に手持ちのPC(タブレットだったかな?)に入っていたモザイク無しの映像を見せて、間違いなくRちゃんのお母さんであることを確認しているのである。
 Kさんが市販品を、つまり一般に流通して以降の72巻を見て「似ている」と発言していることは間違いがないのだ。

 

 もう、ボロボロですな。
 由美ちゃんの吐瀉物から発見された蜂の幼虫のハナシも、寒ちゃんが聞いた「母体を手に入れた」と言う声についても全部スルー。
 いやはや恐れ入った。
 ラストの「納品後に入ってきた映像」にしても、「納品後」でリアリティを出してるつもりかもしれないが、かえってタイミング良すぎである。

 

 なにかその辺の「時間的な整合性」みたいなことは、もう、気にしないことにしたのだろうか。
一応、『一般視聴者からの投稿』ということになっているのだから、もうちょっと気にしてほしいなぁ、、、

 

 あと、舞木ちゃん。
 監督をこっそり物陰に呼び出して、小声で「寒ちゃん、処女なんです、、、」とか言っても無駄だから。
 撮影されて全国で発売されてるから。

 

 まさか、舞木ちゃんには、「ココ、カットして下さいね」と頼まれていたのに、カントクが勝手に公開した、とでも言うのだろうか、、、

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 21:03, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「ほんとにあった!呪いのビデオ 73」 驚異の新人演出補、舞木ひと美登場!

 この巻を観ていて思ったんだが、このシリーズの裏テーマの一つは、「この世ならざるものは嫉妬深い」だな、と思う。
 このシリーズに出会う前、ワタクシ空中さんは、もし幽霊というものが姿を現すとしたら、その幽霊側からの理由は、

 

・恨みを晴らしたい。
・何事か伝えたい。
・単純に恐怖を与えたい。

 

くらいかな、と思っていた。
 が、「ほん呪」シリーズで多いのは、

 

・楽しそうなので見に来た。
・仲間に入りたかった。
・羨ましかったので邪魔しに来た。

 

このパターンである気がする。

 「ほん呪」以前に幽霊出現の原因をこのパターンで考えたことがなく、コレは「ほん呪」発信の新しい認識なのかな、などと思う。

 

 「サプライズ」
 パパの誕生日をサプライズ演出で祝うべく、ケーキを用意し、部屋の電気を消してパパの帰宅を待つ母娘。
 パパが帰ってきて、玄関へ向かう途中カメラが洗面所に向くとそこには「この世ならざるもの」の姿が、、、

 

 この映像を撮影した時点で、実はこのアパートの下の部屋で女性が孤独死しているのが発見されたという。
 女性は、楽しそうな一家団欒風景が羨ましかった、とでも言うのだろうか、、、
 というのだが、別にサプライズ関係無いよね。このエピソードのラスト、つまりタイトル前に、この「この世ならざるもの」の姿に母娘の歌う「はっぴばーすでーとぅーゆー、、、」を被せたかっただけだと思う。

 

「夏合宿」
 女子中学生の合宿風景。
 フツーに合宿の宿舎で夜女子中学が執り行うであろう風景を写しているが、突然、別の部屋から先輩が訪ねてきて、
「この部屋から『助けて〜』って聞こえてくるんだけど大丈夫?」
とのたまう。
 このとき、何故か先輩は左足をキレイに曲げて一本足で立っている。

 この「合宿」とやらがなんの部活の合宿だか分からない(彼女たちがよく踊っているのでダンス部かなと思っていたが)のだが、先輩の立ち方を見ると、野球部で、先輩は一本足打法の名手なのかもしれない。

 

 やがてカメラが押し入れを写すと、不気味な顔が二つ、こちらを覗いていた、、、

 この二つの顔がなんか密着しすぎ。
 幽霊は実体がないからかまわないっちゃかまわないけど、体の部分重なり合っちゃってるのかな、、、

 

「民宿」
 先輩と温泉旅行しているときに、先輩が泊まった民宿の部屋で撮った映像に、その部屋で首を吊った白骨死体が混ざり込んでしまう。
 そして先輩は、白骨死体が着ていた服から見て、この死体は投稿者だ、と言い出す。

 

 先輩と温泉旅行。

 

 つまりこの二人はゲイなのだろう。取材に応じた投稿者はこけしと山崎邦正のハーフみたいなルックスで髪も染めてるし、問題の服もワタクシ空中さんの感覚ではゲイっぽい。

 

 スタッフは当然シリーズの過去にあった「奇怪な未来」とその続編「奇怪な過去」を思い出す。
 「委員会はこの問題を追い続ける」と言うが、多分、作品になるのは投稿者が亡くなってからだろう。

 

「花火の上」
 ドローンで上から撮影した花火大会。

 

 「ははー、花火って上から見るとこう見えるのねー、、、」
 などと感心していると、いきなり「手」がドローンを掴んで引きずり下ろす。

 

 この映像インパクトにはちょっと感心した。
 あんな上空に一体誰の(何の)手が、、、

 

「シリーズ監視カメラ 復元」
 深夜のオフィスで男女二人が残業していると、突然火の手が上がる。
 原因は全く不明。

 

 コレはやはり「男女」というところがポイントでしょう。
 この二人は当然デキていて、「不可解なもの」が嫉妬に狂って放火、というパターンであると思われる。
 映像の中、男性があくまで女性のみを気遣って安全に避難させようとしてるあたりが特に腹が立ったんだと思う。

 

「おくりもの 中編」
 えーっと、この、ほん呪の長編モノは、油断してると延々あらすじを書きたくなるんで、敢えて大幅にハショリます。

 この巻で重要なのは、前作で出てきた「モッカイナレ」は「もう一回なれ」ではなく、「モッカになれ」であることを新人スタッフ寒ちゃん(カワイイ)が突き止めたこと。ここで「魔術堂のKATOR氏」なる人物が登場して、モッカとはサンスクリット語で人間が完全に解脱した状態、つまり「死」のことである、と解説すること(KATOR氏の解説では音声を消されているが、多分、オウム真理教でいわゆる「ポア」と同じである、と言っていると思われる)、さらに委員会は失踪中の悦子さんの母親の許可を得て、悦子さんの部屋を探索し、悦子さんのパソコンから「モッカ」と名付けられた動画を発見すること、などであろうか(長いわ!)。

 KATOR氏とはまたいかにも怪しげだが、現行の制作陣のひとり、寺内康太郎の一味らしい。

 

 そして、悦子さんのPCから発見された動画は、ある意味ヤヴァい。
 川居女史ですら「これ、公開できませんよね」と言っているが、当然、ヘーキで公開してしまうのだ。

 

 動画は、8才の少女がカメラに向かって延々と語り、最終的には窓を開けて外のベランダから飛び降りてしまう、というものだ。
 ココまでワンカット。

 

 どうってこと無いと言えばどうってこと無いが、ヤヴァいと言えばヤヴァイ。
 8才の少女の自殺動画なのである。

 語る内容は主に自分をイジメていたクラスメート達やそれをほったらかした教師たちへの恨み言である。
 そして少女は最終的に「そうだ!みんなモッカになればいいんだ!まずアタシがモッカになるね」と言って飛び降りてしまうのである。

 

 まがりなりにも8才の少女を巻き込んで、延々と分けのわからない思想を語らせた挙げ句、死を選ぶ、という動画。
 なんとなく、ヤラセだったら許されるものではない、という気がする。

 

 フィクションなら許される。
 ドキュメンタリーだったら許されるもクソもないが公開が許されない。
 ヤラセだったら許されない。

 

 結局、この辺を曖昧にしたままヒリヒリした感じを持続しつつ浮遊し続けるのが、ほん呪シリーズの魅力なのかなぁ、、、

 

 現在、磯崎茂氏と悦子さんの二人が失踪しており、その行方を追うために演出補が3人増強されている。
 特に、20代女性のくせに初登場の場面でくわえタバコ、自ら「アタシ常識無いんで」とのたまう舞木ひと美嬢はなにかやらかしてくれそうな期待をもたせる。

 

 中編のラストは、委員会による磯崎家の監視下、娘の由美ちゃんが包丁を持ち出したので慌てて止めに入った寒ちゃん(カワイイ)が包丁を持ったままの由美ちゃんと揉み合いになり、倒れて起き上がらない、と言うもの。
 寒ちゃん(カワイイ)、辞めちゃうんじゃないの?

 

 そろそろ新体制の色が分かってきたかなぁ、、、

 

「サプライズ」と「夏合宿」は今までどおり割とハッキリ顔が写っている。

 

 そして前作のウェアラブルカメラに続いて今回はドローンを使用している。

 つまり、
”垈腸鬚覆發里隆蕕鬟魯奪リ表現する。
⊃靴渓椶離瓮妊アが好き。
 といったところがすぐ挙げられるだろう。

 

 もう一つ、菊池体制が徹底的に追求していた「禍々しさ」はすっかり影を潜め、「奇妙な味」みたいなものを追求しているような気がする。

 さらに、福田体制らしく、演出補が増えて、演出補の生き様、みたいなものが表現されるようになっている。菊池時代にも散々「演出補イジリ」はあったが、寒ちゃん(カワイイ)と舞木の描き方は、他人にイジられるのではなく、自ら身をもってナニかを証明していく、という迫力がある。

 

 まさか、そのうち舞木ひと美が演出に昇格する時代が来る、とでも言うのだろうか、、、

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 20:27, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「ほんとにあった!呪いのビデオ 72」 もう、川居尚美さんのためのシリーズなんじゃ、、、

「ベランダ」
 小学生が自宅のベランダに鳥の巣を作って、野生の鳥が住み着くかどうか実験中。
 なにしろ観察実験なので、カメラを回してる。
 で、野生の鳥が住み着いて卵を生んだらしいので、小学生が慌てて巣の中を観察しようとすると、カメラが動いてベランダの外を写す。
 と、そこには謎の男の顔が、、、

 

 この顔が、なんというか、表情のある、リアルな生きている人間の顔で、明らかに何らかの意志を持ってこっちを見ている。
 前作に続いて、「不可解な現象の顔をハッキリ写す」今のスタッフのスタンスが、一発目から如実に出たなぁ、という感じ。

 

「伝説の自主映画」
 20年前にある大学の映画サークルが撮った映像。
 そういえば今のスタッフってなんか自主映画のノリがあるなぁ、、、
 一度撮影したものの、山の中で登場人物のひとりが隠れて、他の登場人物のキスシーンを覗いてるカットに、なんか不気味なものが写ってるんで、撮り直して差し替えたものの、差し替えの前の映像が発見されたっていうのね。
 まあ、それはいいんだけどさ、どうやって撮り直したかって言うと、当時監督が不気味なものが写ってる現場にもう一回行ったら、首吊り死体があったっていうのね。
 で、監督は、なんと、その首吊り死体を動かしてもう一回撮影したっていうんだけど、、、

 

 無利でしょ。

 

 首吊り死体触りたくないでしょ。
 

 首吊り死体っつったらアレだよ?首なんかビローンと伸びて〇〇○垂れ流しで舌が口から、、、いや、もういいか。
 そんなもんヨッコラショって抱えて枝からおろしてエッチラオッチラ運ぶくらいなら、場所ズラして撮ればいいじゃん。
 んなもんどうせ山の中だし。

 

 肝心の不気味なものも言われないと分からないレベル。よく気づいたなとしか言いようがない。

 

「曲がり角」
 ウェアラブルカメラを手に入れて、嬉しくなって舞い上がって自転車走行中に撮影しまくる投稿者。
 曲がり角を曲がると、突然「髪の長いオンナ」の姿が、、、
 慌てて急ブレーキをかけてオンナの無事を確認しようとすると、すでに姿はない。
 曲がり角には自販機が置いてあって、曲がる前にこのオンナの姿が見えないのはある意味当然なのだが、コマ送りで再生すると、 

 自販機の先の標識のポールを起点に姿を現しているのがわかる。
 このオンナは凄くリアルに存在していて、実在系の一種だな、と思うが、こういう「この世ならざるもの」にカメラの視点を意識した動きをされると、個人的にはちょっと萎える。

 

 最後にこのオンナはもう一度姿を現し、さっきは見えなかった顔をハッキリ見せる。
 例によってこのスタッフは顔の造形にただならぬこだわりを見せる。

 

「存在しない友達」
 廃墟モノ。
 廃墟を探検するにあたって、二人組みがそれぞれカメラを持ってスマホで連絡を撮りながら別々に行動する、と言うのが新しい。
 BがAに呼ばれてどんどん移動するが、指定された場所にAはいない。
「どこだよ〜」と後ろを振り向くとそこには「存在しない友達」が、、、  
 Aのカメラには当然、Bを呼ぶ声は入っていないのである。
 面白いアイデアと思うが、別に怖くはない。
 なんか工夫すれば怖くなったような気もするんだけど、、、

 

「シリーズ監視カメラ 野菜泥棒」
 野菜を育てているビニールハウスに仕掛けられた野菜泥棒用の監視カメラ。
 カメラが突如倒れると、やたらデカイ手足の長いオンナがユラユラ揺れている。

 中村義洋氏のナレーションによって近所に神社があり、このビニールハウスは霊道になっている、という説明があるが、だったらなぜこのオンナがただ突っ立ってユラユラ揺れているのか判らない。

 

 ほん呪伝統の「無意味にユラユラ揺れるオンナ」シリーズの一遍。
 さらに、霊「道」だっつってんのになぜ移動しないで突っ立っているのかも謎。

 

「おくりもの」
 夫の同僚磯崎さんの自宅で子供連れでパーティー(っつっても子供は親の家飲みにつきあわされてるだけだけど)中、夫の同僚が突然錯乱。
 手に包丁まで持って妻に詰め寄る。
 慌てて大人たちが止めるが、ここで一瞬、磯崎氏の顔が不気味な顔に変化している、、、

 

 ここでも「顔」だ。
 やはり今のスタッフは「顔」にたいして相当なこだわりがある。

 

 このあと磯崎氏がスタッフ(新人女性演出補寒川女子。通称サムちゃん。地味にカワイイ)に怪我を負わせたり、失踪したり、今度は娘の由美ちゃんの様子がおかしくなったり、夫婦それぞれに浮気の疑いがあったり、毎度おなじみの騒ぎがイロイロ起こります。

 重要なのは磯崎氏の後輩の女性が最近電車のホームから落ちて亡くなっていること、亡くなった女性には磯崎氏と仲のいい後輩女性に対するいじめ疑惑があったこと、そして「なぜか」全然別の投稿者から、その女性がホームに「落とされる」前後の映像が投稿されてくることくらいか。

 この投稿映像には磯崎氏と「キスしていた」と言われる女性、悦子さんが駅のホームで「磯崎氏と同じように」錯乱する様が写っていて、やっぱり途中で顔が変わり、その顔は磯崎氏の変わった顔と同じなのである。

 そしてホームで錯乱する悦子さんは盛んに「モッカイナレ!モッカイナレ!」と口にしていて、スタッフが磯崎氏が錯乱した映像を再度確認すると、磯崎氏も「モッカイナレ!」と繰り返していたのであった、、、
 というところで、次回送り、

 

 まあ、既視感満載ですわ。
 新味はまったくない。
 新人のサムちゃんくらい。
 いかにも福田陽平好みの地味で無口でなんかあっても文句言わずに淡々と働くちょっとかわいい女子っていう。
 そう、第一期福田陽平政権時代の中晶子女子をちょっと思わせるのね。
 中ちゃん、どーしてるのかねぇ、、、


 71巻の「かくれんぼ」のような、現体制の個性を感じさせる作品はなかったが、やはり、「顔」に関するこだわり感じさせるエピソードが多い。

 

 まさか、変化があまり感じられないのは、今のほん呪を支えているのは、実は川居尚美嬢だからだ、とでもいうのだろうか、、、

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 20:42, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「予兆 散歩する侵略者 劇場版」 ホラー版「散歩する侵略者」

 のっけから「黒沢清臭」がプンプンしていてワクワクする。
 こんなに濃密な黒沢清臭を嗅いだのは久しぶりな気がする。
 あの、僕たちの大好きな黒沢清が戻ってきたような気さえする。

 

 ココ何作か、有名な原作を映画化することでメジャーへの道を探っていたような印象のある黒沢清作品の中では、久々に「ああ、自分のテーマに出会ったんだな、、、」という印象。

 脚本が高橋洋というもの大きい。
 高橋洋が脚本を手がけた映画でつまらなかった試しがない(自ら監督した作品以外で)。
 やはり脚本家としての高橋洋は、日本映画界の最重要キーパーソンなのだろう(特撮マンとして日本映画の最重要キーパーソンだった樋口真嗣が監督に昇格した途端ダメダメなのとちょっと似ている)。

 

 もっとも本作にも原作はある。
 要は「散歩する侵略者」のスピンオフなのだ。
 しかし、一般にいうスピンオフよりは、アナザーストーリーに近い。
 「散歩する侵略者」と同じ世界観の中で、オリジナルなストーリーを展開している。
 「人間の精神を乗っ取る侵略者」「侵略者を導くガイド」「概念を盗む能力」などの「散歩する侵略者」にも出てきたアイデアを使って、別の場所で起きていた事件を描く。
 侵略者があの3人だけな訳ないもんね。
 きっと、他にもいっぱいいたんだろう。

 

 で、ですね。
 あんまり言いたくないけど、「散歩する侵略者」より全然面白いですぅ、、、

 メインアイデアは借り物だが、借り物を利用して黒沢清と高橋洋が紡いがストーリーの方が、全然良く出来てる。
 ヘタするとこっちのほうが元みたい。

 やはり主人公の夫を侵略者本人ではなく、「ガイド」にしたのが正解だったのだろう。
 コレによりおめでたい人間賛歌だった原作が、一気にホラーになった。

 

 主人公の夏帆ちゃんが、事態に気づく前にひとり、「概念」を奪われて異常をきたすキャラを配したのもさすが。
 ホラーの脚本ってこういうもんでしょ。
 原作とは、もう、アマチュアとプロ位の差がある(まあ、「散歩する侵略者」はホラーのつもりじゃないんだろうけど)。。

 

 陰鬱な空気感のなかで、坦々とした日常の連続に突然ヒドいことが起きていく黒沢演出にシビれる。
 カタストロフに向けて盛り上げていく演出法もあるが、「敢えて盛り上げない」のが黒沢清なのだ。
 コレは、名作「運命の訪問者」以来(ってオレが気づいたのがそこだってだけだけど)の、スイッチが切れたように倒れていく人間の描写も満載。
 ああ、オレは今黒沢清映画を観てる、、、

 

 夏帆ちゃんも、買い物しちゃあピョンピョン飛び跳ねてるだけのオンナかと思ったら、すっかり大人の演技派女優になってたんだねぇ、、、
 か弱そうな雰囲気の中に、映画全体を支える「強さ」を表現できている。
 ラストにちょっと銃を撃つシーンが有るのだが、舞台が同じ廃工場ということもあって、「運命の訪問者」の哀川翔かと思ったというくらい、いざとなると(愛する夫の危機に瀕すれば)強いオンナを演じきっている。

 

 あと、特筆すべきは「寄生獣」に続いて「人間のフリが出来ているつもりで全然出来てない宇宙人」の役を演じている東出昌大だろう。
 黒沢清も絶対「寄生獣」を観てこの役をオファーしたに違いない。
 「人間のフリが下手」な役で東出昌大意外考えられないくらいハマり役。
 この映画の「不気味さ」は東出昌大じゃなかったら半減していたのではないか。
 このヒト、ホントに人間なんだろうか。

 

 夏帆ちゃんの役が「特別」な人間であり、なぜ「特別」なのかの説明がないのは、この脚本の瑕ではあると思う。

 が、おそらくは侵略者は世界中に大量に来ているはずで、それぞれのガイドが悲惨な目にあっているであろうことが予想され、その中で、たまたま「特別」な女性に救われるガイドを描いているのだ(そのほうがドラマ性が有るから)と、思うことにする。

JUGEMテーマ:映画

at 19:50, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「散歩する侵略者」 価値観が演劇

 前にも引用したが、誰が言い出したのか解らない、

 

 「映画は監督のもの、ドラマは脚本家のもの、舞台は役者のもの」

 

と言う考え方がある。

 その意味で、この映画は極めて舞台的であると思う。
 脚本が、舞台じゃないと成立しない論理で成り立っている。

 

 例えば。

 長澤まさみは数日間の行方不明の末に帰ってきた夫が、別人になっていることに気づく。
 気づくどころか、自分から堂々と
「えー、ワタクシ、アナタの旦那さんの体を乗っ取らせていただいた宇宙人で、地球を侵略するために来ました、、、」
と名乗りやがる。

 

 で、ですね。
 いいですか?ココ重要ですよ。

 

 長澤まさみはナント、にもかかわらず、彼を愛しているのである。

エエエエーーーーーーーーーーーーーッつ!!!

あり得る?

 

 例えば「寄生獣」で田宮良子の母親は、一目見るなり娘が「娘じゃなくなっている」「なにか別のものになっている」事に気づき、夫に「早く警察に電話して!!」とか言って田宮良子にアッサリ殺されてしまう。

 コレがリアリティというものではないか。

 

 自分が愛するものが、なにか別のものに乗っ取られている。
 剰え、地球を侵略しようとする凶悪な存在である。
 コレを今まで同様愛する、と言う女性心理に、ワタクシ空中さんは一片のリアリティも感じることができない。

 

 ところが。
 舞台でならコレが可能なのである。

 

 舞台は、演出よりも、なにより「脚本」よりも、まず役者のものなのである。
 観客は、ナニよりもまず役者を見に来ているのである。
 演じている役が、仕事人間の夫だろうと散歩する侵略者だろうと、まず、「○○という役者」なのである。
 脚本なんか関係ない。
 まず、〇〇と言う女優が、〇〇という男優を「愛している」という「夢」を観客に与えている、それだけが大事なのだ。

 

 そう、もう一つ舞台を見に来る客が好きなものがある。
 それは、「愛」である。

 

 舞台では建物が爆破されたり、車が高速でチェイスしたり、ゾンビの首が飛んだりしない。
 あるのは生身の人間だけだ。
 そして生身の人間は「愛」だけは得意である。

 従って、この映画もラストはひとりの女性の「愛」が全てを大きく変えるのである。

 宇宙人侵略モノ映画で、ひとりの女性の「愛」がここまで事態を大きく変える映画があっただろうか。

 

 長澤まさみちゃんは、もう少しで、見知らぬ宇宙人を愛することにリアリティを持たせられそうである。
 が、フィジカルな優位に頼らなくなった長澤まさみちゃんにしても、コレは無理。

 

 長澤まさみちゃんと松田龍平で舞台にしてくれたら、ワタクシ空中さんも素直に感動できたろうな、と思う。

JUGEMテーマ:映画

at 20:48, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「ほんとにあった!呪いのビデオ 71」 新体制は顔をハッキリ映す

 という訳で、演出が変わって一本目。

 

 あたらいしい「構成・演出」のクレジットは、懐かしい福田陽平氏と「監死カメラ」シリーズの寺内康太郎氏。
 二人体制、と言うのがどう機能するのかは興味がある。
 エピソードごとに担当を分けているのだろうか。
 それとも一エピソードを二人で協力して作っているのだろうか。

 

「タクシー」
 一発目からよりによって現代の怪談のド定番である、「乗ったタクシーからいなくなるオンナ」。
 なんか決意表明の・ようなものすら感じる。

 ドライブレコーダーの映像、と言うのが新しいが、ココで記憶しておくべきなのは、件の「オンナ」の顔がハッキリ写っていることだろう。
 事故で亡くなったらしくボコボコで、ハッキリ特定はできないようになっているが、「この世ならざるもの」の顔を描写した、というのは恐らくこのコンビによる「ほん呪」を象徴しているのではないか。

 

「シルエット」
 と、思ったら今度はいきなり「シルエット」である。
 カップルがイチャつきながら歩いていると、屋上からヒトが飛び降りるのである。
 毎度のことながら、すっかりオジサンであるワタクシ空中さんには、何故イチャつきながら道を歩くときに動画を撮るのか理解出来ないが、そんなことはどうでもいい。

 飛び降りを目撃してしまったあと、エライもん見てもうたー!と頭を抱えてしゃがみ込む彼女を映すと、背後に子供が映っている。
 中村氏のナレーションは飛び降りたのはこの子供であるかのように語るが、視聴者にはその根拠は解らない。

 

「シリーズ監視カメラ 老人」
 解体業者がゴミ屋敷から発掘した映像。
 ゴミ屋敷に住む老人が、何故か自分の家の中を映すカメラを設置している。
 そして、案の定カメラにはポルターガイスト現象が映ってしまっている。
 老人は、ポルターガイスト現象の正体を突き止めるためにカメラを設置したのだろうか。
 解体した跡地からは、白骨死体が発見されたという。
 老人は自ら手にかけた女性の霊に悩まされながら、死体の発見を恐れて出ていけなかったのだろうか。

 現代の闇を叩きつけられた感じ。

 

「停電」
 ホームパーティの最中に停電が起きる。
 で、明かりが戻ったときに、隣の部屋になんかいる。
 この「なんか」がシルエットだけなのだが、そのシルエットがあまりにも個性的。
 なんで停電を機に姿を表すのか、いやコイツ絶対霊魂とか呪いとかじゃなくて、なんかこういう存在だろ、とかいろいろ疑問はあるが、あまりにあんまりな造形のせいで、気にならない。
 ちょっと衝撃的な造形のせいで全て持っていかれた感じ。

 

「かくれんぼ」
 祖母の七回忌で親戚が集まる。母親連がそれぞれの子供達も集めて、旧家の広い庭でかくれんぼをする。
 たまたま撮影者が鬼になり、カメラを回しながら、「もーいーよぉ」の声とともに探し始めるが、カメラを通した視界には、子供達ばかりか母親も、ヒトっ子ひとりいなくなっている。
 ふと、視界の隅に物陰に隠れる子供が写り、追いかけるが、、、

 撮影者のカメラを通した視界だけが、異世界に紛れ込む、と言う不思議なハナシ。

 

 「ほん呪」というより、柳田國男の著書に出てくるエピソードのよう。

 

「瑕疵」
 今回の長編。

 発端は単純で、投稿者である22歳の青年は、自分の6歳の誕生日に叔母がお祝いに来てくれたときに撮影したビデオに「不可解なもの」が写っていた事と、更にその直後に母親が亡くなってしまったことの間には、何らかの関係があるのだろうか、という相談であった。

 委員会は二人が住んでいたアパートの一室が、いわゆる「瑕疵物件」なのではないかと調査するが、それらしい形跡は見つからない。

 「瑕疵物件」なのではないか、というのがタイトルの由来なのに、早々に否定されてしまうのはどうかとも思う。

 で、ですね、メンド臭いので大幅にハショリますけどね、要は瑕疵物件云々じゃなくてですね、投稿者の母親がなんか怪しげなセミナーにさんかしてました、と。
 で、その怪しげなセミナーは、ですね、セミナーの結果がうまく出ない受講者には、もう、究極にヤバい対処法を授けていました、と。

 

 この、究極の対処法のVTRがヤヴァい。


 確かにヤヴァい。
 あーあ、ヤヴァい。

 

 それまでの展開を全て否定し去るヤヴァいVTRに確かに覚える。
 このVTR中に行われている行為のヤヴァさに比べると、チラッと写っている「この世ならざるもの」など全然大したことない。

 コレは大々的に「不可解なもの」よりも現実のほうがヤヴァい路線の復活を告げているのだろうか。

 

 ただ、このVTR中に映る「不可解なもの」はハッキリ顔が写っていて、特徴的である。
 なかなかこういう状況で写ってしまった「この世ならざるもの」としては表情も豊かで、ほとんど性格までわかりそうである。

やっぱりこの「顔がハッキリ写っている」というのが、このコンビのとくちょうなのだろう。

 

 全体として、やはり大きく印象が変わったな、と思う。
 「かくれんぼ」のような柳田國男的というかメルヘンチックな方向と、「瑕疵」のような超後味が悪い方向と、二人いる構成・演出のうちどちらがどちらの持ち味の持ち主なのかはわからないが、1巻の中での幅が広がったことは確かだろう。

 

 あとは「不可解なもの」の顔をハッキリ映す傾向が、このあとも継続して行くのか、楽しみでもある。

 

 もうひとつ、いきなり女性演出補が増えているのは、露骨に福田陽平氏の傾向を感じさせる。
 もう、何十巻にも渡って、新人は男性演出補しか新たに入っていなかったのだ。
 そして、それでも川居直美嬢が残っている。

 

 まさか、ほん呪70感を超える歴史の中で最大のコンテンツは川居直美嬢の美貌だ、とでも言うのだろうか、、、

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 01:30, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark