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マジックソープ ベビーマイルド 236ml
マジックソープ ベビーマイルド 236ml (JUGEMレビュー »)

中年オトコが石鹸をオススメかよッ!!と言うなかれ。ワタシはコレをガロンボトルで買い込んでます。
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「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」 チャンバラ映画としても観れる。

 この作品を観ると、スター・ウォーズ本編が、

 

・フォースをめぐる云々
・スカイウォーカー家の血統をめぐる云々

 

の二点によって、冒険活劇としてはかなりいびつな構造になっていることに気付かされる。

 

 第一作「新たなる希望」こそ古今の冒険活劇のエッセンスを集めた様な作りだったが、二作目の「帝国の逆襲」を観た我々は、実はコレが血統をめぐるストーリーであることに驚かされ、さらに前作にもチラリと出てきてはいた「フォース」が思いの外重要なファクター、いや、むしろ主要なテーマである事を思い知らされた(そして不思議な事だが、その「帝国の逆襲」こそが今のところ全シリーズの中で一番面白い)。

 

 そして、以後のシリーズは徹底的にスカイウォーカー家の血統とフォース(とそれを使いこなすジェダイ)のハナシとして展開していくのだった。

 

 そんな中、本作はスカイウォーカー家の血統からもフォースからも自由であり(ある程度影は落としているが)、シンプルな、正しい冒険活劇になっている。

 

 コレはあくまでも不良娘が親の仇と銀河の平和のために、たいして仲良くもない仲間と共に命がけで悪の帝国と戦うハナシなのである。

 

 ミッションとしては「デススター設計図の奪取」であるが、一応主人公の不良娘にはこのミッションを遂行する必然性があるのが、ストーリーをドライブするエンジンになってはいる。

 

 こういうハナシは手練の監督に任せると「帝国の逆襲」のような傑作になるのだが、2014年のハリウッド版(レジェンダリー版と言うべきか)「GODZILLA」のギャレス・エドワーズ監督は、まだまだ「手練」と呼ぶには遠い。

 

 が、ところどころアッと驚く手腕を見せて熱くさせることも確か。

 

 どういうわけかチャンバラに光るところがあり、途中にあるドニー・イェンによる剣戟が素晴らしいのはドニー・イェンの実力もあり当然としても、ラストのダースベイダーのライトセーバーによる制圧劇は、シリーズ屈指の強さ恐ろしさ。フォースの使い手がこんなに怖いのはシリーズでも初めてではなかろうか。

 

 って結局フォース出てきてるやないかいッ!!

JUGEMテーマ:映画

at 21:29, 空中禁煙者, 洋画

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「パッセンジャー」 スター(映画) イン スターシップ

 キャッチコピーは

「乗客5000人 目的地まで120年 90年も早く 2人だけが目覚めた 理由は1つーー。」

 

 セックスしたいからです。

 

 とは言うもののコレはけっこう重いテーマのSFである。
 主人公は何度も生と死に関する選択を強いられる(筈である)。

 

 例えば。

 

 5,000人の乗客は目的地到達の4ヶ月前に目覚めて準備をする予定だが、1ヶ月を30日間として、4×30×5,000でのべ600,000日分の食料が用意されている計算になる。
 ところが二人であと60年船内で生きるとしたら、60×365×2で48,300日分の食料を消費してしまう。
 コレを5,000人で割ると、、、

 アレ?8.76日分かぁ、、、節約すればなんとかなるかな、、、
 着いていきなり自給自足出来ないだろうから、予備の食料積んでるだろうし、、、

 

 イヤイヤイヤイヤイヤイヤ、まだ負けてへんで、、、

 た、例えばですね、この2人がすぐに子供を作ったとして、子供が適齢期になった時にどうするのか。
 他の住人が目覚めるにはまだ70年近くある。
 誰か起こすのか。
 それとも男女が揃うまで生み続けて近親相姦させるのか。
 それとも自分が息子(娘)と近親相姦するのか。
 それともそもそも子供は作らないで、二人だけで老いて死ぬことにするのか。
 それはそれで重要な生と死に関する選択だろう。

 

 この映画、どうも最初の脚本では、そういう問題は全部キレイにクリアされていたらしい。
 ある意味スパルタンではあるが、非常にSF的な方法でちゃんと解決されていたのだ。

 しかし出来上がった作品では、全然そうなってない。
 むしろ曖昧にして逃げている。
S F的には非常によろしくない態度と言わざるをえない。

 

 しかしですね、コレ、多分そういうことが目的の映画じゃないだろうな、、、

 コレは実はハッキリとジェニファー・ローレンスちゃんとそのファンのためのスター映画なのだ。
 相手役のクリス・プラットのファンも見込めるし。
 少なくともこの2人の魅力が堪能できる作りになっていることは否定できない。

 

 美男美女が無機的だが美しい世界(巨大宇宙船の斬新な外見と曲線を多用した内部は素晴らしい)で繰り広げる愛と憎悪と絆の物語、として観れば非常に良く出来てる(ような気がする)。

 

 ただ、ラストカットの曖昧さだけは「ちょっと逃げすぎじゃね?」と思う空中さんであった。

JUGEMテーマ:映画

at 04:23, 空中禁煙者, 洋画

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「ヴィジット」 予算が減らされたらPOVに限る。

 シャマラン監督、過去2作で大予算映画を大コケさせたせいで、全く予算が使えなくなっているのかもしれない。
 低予算と言えばホラー、低予算ホラーと言えばPOVと言うわけで、POVのホラーに挑戦してます。つ-か、せざるを得なかったのかもしれない。

 

 しかし腐ってもシャマラン。コレはやられましたね。
 シャマラン監督といえば、
丁寧な演出でジャンル映画をひっくり返す
ですが、今回も堂々とやってます。
「POVによる低予算ホラー」
を見事にひっくり返してます。

 

 15年前に駆け落ちして以来、一度も両親と連絡を取っていないキャスリン。
 彼女は既にオトコには逃げられていたが、二人の子供を懸命に育てて「普通のシングルマザー」になっていた。
 そんなある日、彼女のフェイスブックを見た両親から連絡があり、せめて孫二人だけでも会いたいから、休み中に一週間泊まりに来させろと言う。
 自分が新しい恋人とリゾートデートするチャンスと見たキャスリンは15歳のベッカと13歳のタイラーの姉弟を送り出すが、初めてあったお爺ちゃんとお婆ちゃん、なんだか少しヘンなんですけど、、、と言うハナシ。

 

 相変わらずうまいなぁと思うのは、例えば、二人が列車に乗って旅をしていると、姉のベッカがカメラを持って撮影しているのを見て(ベッカは映画監督を目指しているらしく、いつもカメラを手に撮影をしている。そうじゃないとPOVにならないし)、車掌が
「ワタシはムカシ演劇をしていたんだよ」
とかいって延々なんかの芝居のセリフを披露するシーンだ。
 このシーンだけならどうということもないが、このあと、姉弟が祖父母宅についてから、重要なヒントを二人に与える人物がいるのだが、この人物がまたしてもベッカがカメラを構えているのを見て、
「映画かい?僕は昔演劇をやっていたんだ」
とほざいて延々なんかのセリフを披露しだすのだ。
 この、「昔演劇やってた」カブせによって、観客は(姉弟も)重要なヒントを見逃してしまう。
 観客は
「ああ、コイツはシャマラン監督の『天丼』のために出てきたんだな、、、」
と思ってしまうのだ。

 

 そうやって慎重に張られた伏線の果てに来る種明かしの瞬間、ワタクシ空中さんは例によって全く予想がついておらず、思わず「アアア!!」と声を出してしまいました。相変わらず作者の仕掛けた罠にハマりやすくてスイマセン。
 これ、予想が付くヒトいるのかなぁ、、、
 いるんだろうなぁ、、、

 

 シャマラン監督は「シックス・センス」でジョエル・ハーレイ・オスメントくんという逸材を見出したが、今回の弟役、エド・オクセンボールドくんもトンデモ無い逸材の予感がする。
 姉が映画監督志望なら弟はラッパー志望であり、劇中何度か中途半端なラップを披露するが、そのヌケヌケとした度胸はただ事ではない。
 ラスト近くに見せるブチ切れたアクションシーンと共に、子供のくせにたいした役者度胸である。
 願わくば、オスメントくんのような末路を辿らないことを、、、

 

JUGEMテーマ:映画

at 20:27, 空中禁煙者, 洋画

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「ジュラシック・ワールド」 「ジュラシック・パーク」-SF+アクション

 シリーズ映画というものは三部作で一巡しちゃって、4作目あたりで最初に戻りたくなるものなかもしれない。
 ほとんどリメイクと言ってもいいくらい1作目の「ジュラシック・パーク」と同じである。

 

 そんな訳で、逆に1作目との違いを思い出していくと、この映画のことが判るかもしれない。

 

 一作目は一応マイクル・クライトン原作のマジメなSFであり、「純粋科学の否定」とか、「自然をナメるな」とかシリアスなメッセージが横溢してたりしていたし、作品全体を覆うテーマは当時流行りだったカオス理論だったりする。

 

 なにしろ主人公(古生物学者、サム・ニール)もヒロイン(古植物学者、ローラ・ダーン)も科学者である。
 ハイテク=悪、過去から学ぶ科学=善という図式が、なんとなく、ある。

 

 4作目ともなるとそういうシリアスな部分はすっかり抜け落ちて(ちょっとはある)、よりエンターテインメントとして純化されている様である。
 なにしろ主人公は元軍人(クリス・プラット)で、ヒロインはパークの管理責任者(ブライス・ダラス・ハワード)だ。
 ブライス・ダラス・ハワードは一応科学者という設定なのだが、劇中科学者らしいことはまるでせず、管理者として汲々としている。

 

 エンターテインメントとして純化された分、サスペンス描写やアクションが増えている、
 暴走したハイブリッド恐竜と討伐部隊の対決の緊迫感(と絶望感)など、一作目にはなかった要素だろう。

 

 もうひとつ、一作目と比して明らかな美点がある。

 いくつかギャグが効いている箇所があるのだ。

「手を握り合ってね」といわれ弟だけが手を出す、とか、管制室の若い二人の恋模様とか、なんか妙に生臭いというか、人間臭い笑いどころがあって、ちゃんと効いている。

 コレはスピルバーグ演出ではあまり見られないことだ。
 コリン・トレヴォロウ監督の功績なのだろう。

 スピルバーグ監督、自作のリメイク(のような続編)の演出を他人に任せたせいで、はからずも自らの欠点をさらけ出してしまったのかもしれない。

 

 ラストの暴走ハイブリッド恐竜への対処法など、よく考えられていて視覚的迫力も充分(ちゃんと伏線が引いてあるのも感心した)、監督二作目とは信じられないくらい良く出来てる。「スター・ウォーズ エピソード9」の監督に決まっていたのに降りてしまったのはちょっと残念。

 このシリーズの最大の魅力は、やはり「動く恐竜」にあると思う。CGと判っていても、生き生きと動く恐竜たちの映像には、未だにちょっとドキドキする。
 特に人間と一緒に写り込んでいるとドキドキ感が増すのだが、その辺の見せ方にもうちょっと工夫というかしつこさが欲しかった恨みもある。
やはり「空間の演出」は難しいのだろうな、と思うが、モササウルスのド迫力にだけは、正直ちょっとチビリました。

JUGEMテーマ:映画

at 23:51, 空中禁煙者, 洋画

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「レジェンド 狂気の美学」 実話によるトム・ハーディ地獄。

 「真田十勇士」が中村勘九郎のための映画だとすると、コレはトム・ハーディのための映画。
 しかし舞台作品の映画化じゃない分、コチラの方が好感が持てる。
 なにしろトム・ハーディは一人二役だ。中村勘九郎だろうとトム・ハーディだろうと、舞台で一人二役は難しいだろう。

 

 1960年台のロンドンに実在した一卵性双生児のギャング、クレイ兄弟を描いた実話。
 兄のレジーは凶暴なところもあるが商売に理解があり切れ者で洒落者。
 一方、弟のロンは常に精神安定剤を飲ませないとナニをするかわからない統合失調症一歩手前の不安定なオトコであり、平然とゲイであることをカミングアウトし、兄に輪をかけて凶暴で冷酷という、手のつけられない厄介者であった。

 この両者をトム・ハーディが演じるわけである。特に兄よりデブなロンを演じるにあたってほっぺに綿は詰めるわなかなかの気合いの入りよう。

 

 なにしろギャング映画なので、それなりに突然の激しい暴力とか、カタギの彼女のギャング家業を諦めるように要求されたりとか、このジャンルにあるべきものはちゃんとある。
 ロンドンのイーストエンド(よくわからないが、兵庫県で言えば尼ヶ崎みたいな感じかな?)の風景も当時のファッションも良く描きこんで、下町からのし上がろうとするギャングのを描いた映画として過不足無い。

 

 しかしこの映画の狙いはそこにはない。
 あくまで「アタマのおかしい厄介者の弟を抱え込んだヤリ手ギャングの苦悩」がこの映画のテーマだ。
 そしてそのために、双子なのに正反対な兄弟を1人で演じ分ける、コレがトム・ハーディがこの映画を作った理由だろう。

 

 兄のレジーだけ観ていると普通のギャングの成り上がりストーリーだが、いちいち弟のロンがぶち壊しに来る。
 精神に不安定なものを抱えるロンはロンで悩みがあり、行動に自分なりの理由はあり、兄のジャマをするつもりはないのだが、裏目裏目に出てしまい、いよいよ兄を怒らせ、さらに追い詰められていく。

 「狂気の美学」と言う日本語のサブタイトルはなかなか巧い。

 あくまで「狂気」とその付き合い方を描いた映画なのだ。

 

 象徴的なシーンがある。
 レジーはアメリカのギャングと組んでロンドンにカジノを作っているが、ある日、アメリカンギャングの現地代理人に「ロンを消せないか」と言われてしまう。
 ドン・マイケル・コルレオーネは、ファミリーのためなら大好きな兄貴も殺していいたっけな、、、と、ふと思う。

 実際にレジーがロンを切れたかどうかは、本編でご確認ください。

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at 19:54, 空中禁煙者, 洋画

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「バイオハザード ザ・ファイナル」 ローラはチョイ役です(中島美嘉ほどじゃないが)。

 過去のバイオハザードシリーズ作品は、2作目と3作目こそどういう訳か他人に任せていたが、ポール・W・S・アンダーソン監督がメガホンを取った1,4,5作目を、ワタクシ空中さんはワリと評価している。

 

 「献▲侫拭璽薀ぅ」と「好螢肇螢咼紂璽轡腑」は通常の映画の概念から言えば到底マトモな映画とはいえない、狂気じみたイメージと、CGを多用したド派手なアクションを繋いだだけの「ノン・ムービー」だが、まさに「狂気じみたイメージとド派手なアクション」を楽しむ映画として観れば、コレはコレでよく出来たと思うのよ。

 

 で、いよいよ「ファイナル」ですよ。

 コレで最後ですよ。

 

 まあ、ワタクシ空中さんは「競▲櫂リプス」のレビューでミラ姉さんの全力疾走するお姿を絶賛していたが、正直言ってあれから15年。さすがのミラ姉さんもマジなアクションはツラいお年頃に違いなく、そうそういつまでも全力疾走とか三角飛びとかしてる場合じゃないんだろう。

 

 そのせいか今回はアクションも狂気じみたイメージもやや後退。
 何しろ今回はストーリーにケリを付けなきゃならないと言う事情もあって、ちょっと説明多めにせざる負えないのだろう。

 説明と言っても
「エッ?そんな設定だったっけ?????」
の連続だが、この期に及んでストーリーに整合性を求めるのはヤボというものだろう。そんな野暮な奴は3作目あたりでとっくに脱落してる。

 

 正直言って15年に渉るシリーズが完結した!という感動は微塵もないが、まあ、あんまりひどい終わり方じゃなくって良かったな、、、と言う程度に思っとけばいいんじゃないでしょうか、、、

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at 20:45, 空中禁煙者, 洋画

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「インフェルノ」 苦手だけどアクションするインディ・ジョーンズ

 えーっとですね、コレはね、アレですよ、

 

「人口問題を伝染病で一気に解決しようとするマッド・サイエンティストが仕掛けた病原菌散布装置を止めようとするハナシ」

 

 です。

 

 それ以上でもそれ以下でもない。

 

 マッド・サイエンティストがダンテフリークでも別にかまわないが、なぜわざわざ「神曲」にちなんだヒントを残すのか、ちっともわからない。
 キャッチコピーによると、
「ダンテの地獄編に残された暗号を追え」
だそうだが、別にダンテが残した暗号を追うわけじゃない。
 ダンテは「神曲」にイロイロ暗号を残してはいるそうだが、それを追うわけじゃない。
 あくまでもマッド・サイエンティストが残した「神曲にちなんだ」ヒントを追うだけである。
 なぜヒントを残すのか、残すにしてもなぜダンテにちなむのか、全然解らない。

 

 ゴメンナサイ、嘘つきました。
 理由はわかってます。
 そうしないとラングドン教授が活躍できないからです。

 

 一連の「ダン・ブラウンもの」も「ダ・ヴィンチ・コード」、「天使と悪魔」に続いて3作目だが、やはり、「ダ・ヴィンチ・コード」がダントツに、と言うか唯一ちょっと面白い。
 結局、「ダ・ヴィンチ・コード」だけが日本で言うところの「伝奇小説」たり得ているからだろう。
 他の二作もおそらくは伝奇小説的なものを目指してはいるのだろうが、なんか勘違いしてて全然そうなってない。

 

 アメリカ人もけっこう「伝奇モノ」が好きである。インディ・ジョーンズも、ナショナル・トレジャーも伝奇モノだ。
 が、歴史のない国の悲しさ、はげしく憧れてはいるのだが、上手くいない場合が多い。
 そんななか、「ダ・ヴィンチ・コード」が比較的成功したのは、種本がイギリス産だからではないかと思うのだがどうだろう。
 「ダ・ヴィンチ・コード」だけが、過去と現在が具体的な物象の元に繋がっているのだ。

 

 本作もいよいよインディ・ジョーンズ化していて、ラストはなんとラングドン教授のアクションでケリが着くと言う有り様である。
 せっかくトム・ハンクスも「ダ・ヴィンチ・コード」の頃より太って白髪も増えて老けメイクにしたと言うのに、いまさら走ったり水に潜ったり殴り合ったり、なんかもう、かわいそうになってしまう。

 もう、ロン・ハワードもハッキリ「観光映画」と割り切っているのかもしれない。

 

 そんな訳で、映画で海外の名所を観て観光した気になれるヒトにはオススメできる映画だと思います。

JUGEMテーマ:映画

at 20:24, 空中禁煙者, 洋画

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「スーサイド・スクワッド」 盛りだくさんの退屈さ

 アメコミ物は苦手なんだからよせばいいのにと思うんだが、たまたま「デッド・プール」が面白かったので試しにもう一本観てみたら案の定後悔した一本。

 

 ひとことで言うと、「盛りだくさんすぎて退屈」。コレに尽きる。
 もう、途中から全てがどうでもいい。

 デッド・プールと同じく深刻ブラないお笑いDCコミックモノなのだが、違いはやはりキャラクターの多寡としか言いようがない。

 

 要するにアメコミ(DCコミックって言うの?)のファンが、
「嗚呼!ハーレイ・クインが!デッド・ショットが!カタナが!!!!!」
とか言って盛り上がるための映画で、そもそもDCコミックの世界を知らないヒトは、もう、観てもしょうがないです。

 しかし不思議な世界だなぁ、、、
 まあ、「スーパーマンが死んだ後の世界」を舞台にしてる、とか、「善玉も悪玉もバットマンの動向を気にしてる」とかは、まあ、いい。どう考えても早晩破綻するであろう設定をなんで一応守ろうとするのか、とかいろいろ疑問はあるが、その辺はまあ、日本で言えば、ウルトラ兄弟の設定を固めようとすればするほど破綻していくようなもんだろう。

 だけどさぁ、、、キャラクターのレベルが違いすぎね?
 スクワッド側のメインキャラのデッド・ショットってただスゴく射撃が上手いヒト、キャプテン・ブーメランはただスゴくブーメランが上手いヒト、ハーレイ・クインに至っては単にアタマのおかしくなった女医だ。
 対する敵役のエンチャントレスはあーた、古代の神様ですよ、神様。
 しかも弟付き。
 んなもん敵うわけない。


 仲間のパイロキネシスや蛇人間ならともかく、只の人間で神様に対抗できると思っている部隊の創設者や隊長がナニを考えているのか理解出来ない。

 そして、この謎を謎と思わないものだけが、アメコミを楽しむ権利を持っているのだろう。
 ハッキリ言って無理です。

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at 21:07, 空中禁煙者, 洋画

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「レヴェナント:蘇えりし者 」 実話とサバイバルと復讐と

 人気があろうが批評家からの評価が高くなろうがマーチン・スコセッシと組もうが、ナニをどーしてもオスカーが獲れなかったデカプーが、最後の手段「やたら過酷な撮影をやり切る」でとうとうオスカーを手に入れた作品。

 

 とは言うものの、イニャリトゥ監督はそんなデカプーの思惑とは関係なく、やりたいことをやっているので、ある意味両者の利害が一致した幸福な出会いなのだろう。

 イニャリトゥ監督は、この映画を、普通の映画のように神の視点から撮っていない。
 まるでドキュメンタリーであるかのように、カメラが役者と同じ地平に立って、登場人物と同じ視点を共有するように撮られている。

 

 例えばオープニングの、デカプーと仲間数人が鹿狩をしていると、遠くのキャンプが襲われている物音を聞きつけるシーン。
 カメラはデカプーのアタマより低い位置から撮っていて(カメラマンの身長がデカプーより低いんだろう)、デカプーと仲間の間を追い抜いてから、180度回転してキャンプの方を向いて聞き耳を立てるデカプーと仲間たちを捉えている。
 

 有名なデカプーが熊に襲われるシーンでもそうだ。
 カメラは延々と倒れたデカプーの頭頂部付近から倒れたデカプーと襲う熊を捉えていて、決して1人と1匹を俯瞰で捉えたりはしない。
 コレを
「スゴい臨場感!!」
と思うか、
「イヤそんな所にカメラいたら登場人物が蹴っつまづくやろ」
と思うかで、この映画の評価は大きく変わってしまうのではないか。
 ワタクシ空中さんは当然後者であった。

 

 とにかくオープニングからコレなので、もう、最後まで醒めっぱなし。
 そのせいで気が付かないでいいことまで気がついてしまう。

 

 このハナシは要は息子を殺され自らも瀕死の重傷を負ったオトコが、死の淵から蘇り、壮絶なサバイバルの果てに復讐を試みる、ということなのだが、サバイバルがあまりに凄すぎて、観ていてだんだんサバイバルが目的なのか、復讐が目的なのか、判らなくなってくるのだ。

 

 イヤイヤイヤ、判ってるのよ、その二つは不可分だって。
 サバイバルしなきゃ復讐できないじゃん?

 

 しかしココまで壮絶なサバイバルを体験したオトコは、もう、復讐なんてどうでも良くなってそうな気もする。

 事実、サバイバルの最中、デカプーは復讐のことなど忘れているようでもある。
 目先のサバイバルが大変すぎて、それどころじゃない。
 助かったらそこに憎き相手の情報があったので、復讐もすることにしました、という感じでもある。

 

 要するにサバイバルの途中で出会う様々な事どもに、イニャリトゥ監督の描きたいことがあったのだろう。
 意外にも、息子を殺されたオトコの復讐心がテーマではないのだ。

 

 復讐を強調してサバイバルの間中復讐を夢見ているのでないのなら、いっそ復讐には別の処理を考えたほうが良かったのではなかろうか。
 まあ、実話なんでそうも行かないだろうが。

JUGEMテーマ:映画

at 20:55, 空中禁煙者, 洋画

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「その女諜報員アレックス」 ボンド・ガール VS 「フォロイング」

 オンナ主人公の名前がアレックスなのをいいことに、ベストセラーになったミステリー小説「その女アレックス」が原作であると錯覚されますよーに、と不幸な邦題をつけられた映画。
 このセコイ事実が本国のスタッフ・キャスト一同の耳に入ったらどう思うだろうか。
 どうも本国では大コケしたらしく、日本の配給会社がビビってしまい、なんとかちょっとでも(騙された客でも)観客数が増えるようにと大のおとながガン首そろえて会議に会議を重ねた結果なのかもしれない。

「そうだ!主人公がオンナで名前がアレックスだから、『その女アレックス』にちなんだ邦題にすれば、例によって勘違いしたバカが観るんじゃないですか?!」
「そのままのタイトルじゃ出版社に訴えられるよ、キミ。」
「このオンナの正体は諜報員だから、その女の後に諜報員って入れればどうでしょう!!」
「・・・いいかも知れん、、、」

 原題は「Momentum」。直訳すれば「はずみ」・「勢い」と、なんらセコい意図はなく、文字通り、はなはだイキオイのある映画になってます。

 とりあえずオープニングから2/3すぎるまでのジェットコースタームービ-ぶりには目を瞠る。
 とにかく観客に何か考えるスキを与えずガンガンつっ走る展開で、スピード感と同時に主人公のしたたかさと、敵の有能さを印象づけるのに成功している。
 コレは実は大したものだ。

 

 敵の実働部隊のリーダーにTVシリーズ「フォロイング」のジョームズ・ピュアフォイ。
 「フォロイング」のジョー・キャロルと全く同じ、二枚目で、キザで、アタマがよくて、ユーモアを愛するが、冷酷で残忍で執拗、という役。おそらくは「ジョー・キャロルがスパイ組織の実働部隊のリーダーになったらという役作りをしてくれ」と言われたのでないか。

 

 主人公アレックスは元ボンドガール、オルガ・キュリレンコ。
 キレの良いアクションがスピーディーな展開に遅れを取ってないのはさすが。
 やっぱ外国の女優さんはスゲェなぁ、、、

 

 ラスト1/3でキレイに収拾がつけられなくなり、急にバタバタしてご都合主義に逃げるのは残念(あの生首はどっから湧いて出たの?)ですが、プログラムピクチャーとしてはまあまあの佳品だと思います。

プログラムピクチャーであんま深刻なテーマ繰り広げられても困るしね。

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at 20:18, 空中禁煙者, 洋画

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