smtwtfs
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< November 2016 >>
profile
recommend
マジックソープ ベビーマイルド 236ml
マジックソープ ベビーマイルド 236ml (JUGEMレビュー »)

中年オトコが石鹸をオススメかよッ!!と言うなかれ。ワタシはコレをガロンボトルで買い込んでます。
映画検索
カスタム検索
  
 
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
★の数が意味するところ
★★★★★
生涯のベスト10を塗り替える勢い
★★★★
ブルーレイがでたら買うかも
★★★
観といて損はなかったかも
★★
別に観なくてもよかったかも

金はいいから時間返せ
bk1
new entries
categories
archives
recent comment
  • 「影の軍団 服部半蔵」 青春アメフト忍者アクション(訳分からん、、、
    オーロウ (03/31)
  • 「劇場版 SPEC 〜結〜 爻ノ篇」 驚愕のラスト5分を見逃すなッ!!
    空中禁煙者 (11/15)
  • 「劇場版 SPEC 〜結〜 爻ノ篇」 驚愕のラスト5分を見逃すなッ!!
    まりたん (11/15)
  • 「永遠の0」 探偵!戦中美談スクープ
    空中禁煙者 (12/19)
  • 「永遠の0」 探偵!戦中美談スクープ
    松木完之 (12/16)
  • 「ハンガー・ゲーム2」 なんでレニクラは音楽担当させてもらえないのかねぇ、、、
    空中禁煙者 (11/03)
  • 「ハンガー・ゲーム2」 なんでレニクラは音楽担当させてもらえないのかねぇ、、、
    umetraman (11/02)
  • 「ZOO CITY【ズー シティ】」 ショット不足で絵が繋がってない
    空中禁煙者 (06/17)
  • 「ZOO CITY【ズー シティ】」 ショット不足で絵が繋がってない
    jacksbeans (06/17)
  • 「ハーモニー」 螺旋監察官は今日もどこかで会話する
    空中禁煙者 (06/14)
recent trackback
links
mobile
qrcode
others
無料ブログ作成サービス JUGEM
search this site.

「日本会議の研究」 あの時サヨクに殴られさえしなければ、、、

 最初に断っておくが、ワタクシ空中さんは本書を高く評価する。
 高く高く評価する。
 なにしろ本書は

^打楡権と日本会議の関係(と言うか癒着)を人材面、政策面から証明し、
日本会議の根幹をなす「三つのライン」の中心人物がそれぞれある特定の宗教団体の出身者であることを暴き、
さらにその「三つのライン」の代表者の背後にいる、普段表に出てこない黒幕まで暴いている

 

のである。
 それが前提だということを念頭に置いて、以下の拙文をお読みいただきたい。

 

 実は本書はその出版後、二つの騒動に巻き込まれる。
 ひとつは日本会議側による本書の出版差し止め騒動だ。
 しかしコレは提訴した側の意思に反して、著者側に有利に働いたようである。
 宣伝にもなるし、何より著者本人は「本丸を射たからだ」とむしろ快哉を叫んでいるようだ。

 

 しかしもうひとつの騒動は少し深刻だ。
 △痢崙団蠅僚ゞ誼賃痢廚箸呂屬辰舛磴院崟個垢硫函廚里海箸世、実は、著者の菅野完氏自身が、「生長の家」の開祖谷口雅春に心酔していると白状してしまったのだ。

 少し詳しく言うと、「生長の家」とは天皇絶対主義を唱える民族派の宗教であり、開祖の時代から積極的に政治運動に加担していた。しかし現在の三代目の教祖になって以来、一切の宗教的活動から手を引いてしまったのだ。
 おさまらないのは、「生長の家」の指示で既に抜け出せないほど政治運動にコミットしてしまっていた連中である。
 彼ら(の一部)は仕方なく「生長の家」と決別して、従来の方針を保ったまま政治運動に邁進して行き、やがて「日本会議」を名乗ることになる。
 つまり、日本会議の中核は、「生長の家」の方針変更によって飛び出てきた(のかはみ出されたのか判らないが)ヒトたちなのだ。

 

 別に方向性の違いで別れたのだから、相手がその後何をしようと関係なさそうなもんだが、なかなかそうも行かない事情がある。
 なにしろ日本会議の「三つのライン」のひとつは、「谷口雅春先生を学ぶ会」なのだ。
 コレは、「開祖谷口雅春を真に理解しているのは、『生長の家』ではなく我々である」と言っているのも同然だろう。
 そこへ持ってきて本書である。
 どうしても、コレは、同じ開祖を信奉するもの同士の、内ゲバなのではないか、という疑いが生じてしまう。

 

 もっとも著者の菅野完氏は現在の「生長の家」とも距離をおいているようである。「生長の家」が本書を評価している事実に対して「ありがた迷惑」などと言っている。
 谷口雅春を巡る「ひとり第三の勢力」なのかもしれない。

 

 そしてソコが、本書最大の欠点に繋がっているのかもしれない。
 本書はこれだけ執拗に日本会議のルーツを「生長の家」に求めておきながら、「生長の家」の教義については、ほぼ、スルーしている。
 「生長の家」がどうも民族派の宗教らしいぞ、ということは判るが、具体的にどういう教義を信奉していて、開祖谷口雅春がどういう人物だったのかはよく判らない。

 

 コレは、本書が出版された際、本書が置かれるであろう文脈にとって、谷口雅春氏の教えが不利になる、と言う判断ではないのか。
 今の安倍政権に嫌悪を感じるヒトビトに訴求しようとすると、著者の心酔する谷口雅春氏が、安倍晋三以上の嫌悪感を引き出してしまう、と言うアンビバレントに陥っているのだ。
 コレを解消するために、敢えて谷口雅春氏のとなえた教義についてボカしているように思える。

 

 さらに言えば、本書は構成上、日本会議を構成する「三つのライン」が生長の家をルーツに持つことを「突き止め」、この「三つのライン」のトップの顔ぶれを眺めているうちに、この「三つのライン」をひとつに纏める黒幕がいるのではないか、と気づく、という流れになっているが、恐らく、著者は本書の執筆前から、もっと言えば日本会議について調べ出す前から、黒幕の存在には気がついていたのあろう。
 突然、黒幕氏の講演を3回聞いたことがある、などと言い出すのである。

 

 つまり、本書の見かけ上の構成である、安倍政権→日本会議→三つのライン→生長の家の残党→黒幕と言う展開はあくまでも見かけ上のものであり、真相に近いのは、

 

「アレ?黒幕氏率いる生長の家の残党がいつの間にか日本会議とか名乗って安倍政権あやつってる、、、」

 

ということのように思える。


 これらが悪いことだとは言わない。
 むしろ、内ゲバとは言え、安倍政権の実相が明らかになることは良いことであると思っていることは、冒頭で断ったとおりだ。
 さらに言えば、最初から「谷口雅春の心酔者の書いた本」と知っていたら、読まなかっただろう。
 やはり、谷口雅春の心酔者であることを、構成上も隠したことは正解だったのだろう。

 

 そして本書最大の功績は、安倍ちゃんの憲法改正議論の最終目的を明らかにしたことだろう。
 安倍ちゃんは第一次内閣の頃から、「戦後スキームからの脱却」という、意図的に意味不明なフレーズを使って自らの政治目標を表現してきた。

 

 ワタクシ空中さんは「戦後」と敢えて区切っている以上、コレはサンフランシスコ講和条約の否定なのだろうな、と思っていたが、本書によるとそれどころの騒ぎではない。
 安倍ちゃんの背後にいる日本会議は、ハッキリと「明治憲法の復活」を謳っているのだ。
 つまり、民主主義を否定し、戦前と同じ天皇主権の帝国主義にもどす、と言っているのだ。
 果たして天皇ご自身がそんなことを望んでいるのかどうか全く考慮してないあたりも、戦前とそっくりだ。

 

 もうひとつ。

 ワタクシ空中さんさんも60年代70年代に学生運動なるものが存在していたことは知っているが、なんとなく、それは左翼学生のものだと思っていた。不勉強にも、「民族派学生運動」なるものが存在していたとは知らなかった。

 アバレる左翼学生を制圧しようとする、何やら学生服を着た短髪の学生がいた事は知っていたが、アレは単位だか就職先だかトルコ風呂(今のソープね)だかのエサに釣られた体育会系の学生かなんかだと思っていたのだ。

 しかし、本書によればアレは「民族派学生運動」の闘士であり、一応まがりなりにも思想的背景があったわけである(生長の家とか)。コレは失礼した。

 

 本書はまさに日本会議の原点を、日本会議の黒幕氏とその側近が、民族派闘争の最中にサヨク学生に殴られたことに求めている。

 罪なサヨク学生もいたものだ。

 

 本書を踏まえて次に必要なのは「生長の家の研究」、或いは「谷口雅春の研究」だと思うが、それを本書の著者に望むのは無理だろう。
それだけは残念。

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 01:24, 空中禁煙者, 書籍

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「劇場霊」 中田秀夫=エリザベート説

 「劇場霊」というくらいで、劇中劇があるのである。
 そしてその劇中劇『鮮血の叫び声』の中で主役のエリザベートが吐く「過去にすがるしか無い、哀れなオンナの末路を笑うがいい!!」と言うセリフを聞いて、ああ、この役は中田秀夫自身のことなんだな、と思った。

 

 結局中田秀夫はこの20年、『女優霊』と『リング』という過去にすがって生きている。本作のキャッチコピーにしてからが「『女優霊』から20年、、、」と言う有り様だ。
 そして、エリザベートのように若い女(前田のあっちゃんとかぱるるとか)の生き血を吸って生きている。

 

 果たしてコレが中田秀夫自身の自虐なのか、脚本家の密かなあてこすりなのかは判らないが、どっちにしろそろそろ中田秀夫も「末路」である、と言う認識があるではないか。

 

 そもそも『女優霊』も『リング』も高橋洋脚本であり、逆に言えば中田秀夫は高橋洋脚本の時だけ傑作を作リ、それ以外はろくなもんじゃない、ということでもある。
 イヤ、もう一本秀作があった。『仄暗い水の底から』だ。これはなんと、「ほん呪」シリーズの生みの親、中村義洋・鈴木謙一コンビの脚本だ!

 要するに、中田秀夫は「Jホラーの巨匠」扱いされているが、実は脚本次第なのだ。

 一方で中田秀夫は「ホラーに対するこだわりない」と言う発言もしている。監督デビューにあたって予算がつきやすかったのが高橋洋脚本によるホラーだったというだけなのだ。

 かといって、それじゃ実は何がやりたいのか、というのも判らない。

 

 しいて言うなら、『女優霊』や『ラストシーン』に共通する、バックステージもの、ということだろうか。

 そういう意味では、本作もまさにバックステージものなのだが、演出家の役があまりにもステロタイプだったり、ヒーロー役の裏方の男が、衣装部なのか大道具なのか小道具なのか制作なのか分からなかったり、バックステージもののとしての楽しさもほぼ封殺されている。

 

 

 ちょっとは映画の内容にも触れないと、、、

 て言うかコレ、そもそも『劇場霊』じゃなくね?
 正確には『人形霊』じゃね?

 

 ホラー映画っていうのも嘘じゃね?
 正確にはモンスター映画じゃね?
 より正確には(半分くらいのヒトにとっては)爆笑モンスターパニック映画じゃね?

 

 こんなものを『女優霊』と並べるとは、、、
 高橋洋はどう思ってるんだろうか、、、

 

 まあ、ぱるるのファンに『女優霊』を観せても「ハァ?????????」となることが予想されるので、霊のあり方もすこし分かりやすくせにゃあ、、、という商売上の判断があったのかもしれない。

 かといってぱるるの魅力満載にもなってないし。もうちょっとキレイに撮れないかなぁ、、、あっちゃんの時も思ったけど。

とは言うものの、劇中劇『鮮血の叫び声』のクライマックスを演じるぱるるの演技は良いと思った。
 このシーンは劇中劇の主役が次々に交代していくために、高田里穂とぱるると足立梨花の計3回3人の女優によって演じられるが、ぱるるのエリザベートが一番いい。
 高田里穂の冷酷なエリザベートに対して、「悲しいエリザベート」と言う新しい解釈を可能にしたようだ(おおーい、、、『劇場霊』の主役はぱるるなんだから、ぱるるが一番良いのは当然なんだよーー、、、そうじゃなきゃ他の二人は抑えさせられる可能性さえあるのだよ、、、)。

 

 

 ま、まあ、アレですよ。
 『鮮血の叫び声』はいつもクライマックスで中断してしまうためにエリザベートがその後どうなるか判らないが(バートリ・エルジェーベトは実在の人物なので判るといえば判るが、舞台劇としての最後は判らない)、その末路は中田秀夫の今後を見よ、と言うことなのかもしれない。

JUGEMテーマ:映画

at 20:27, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「ジョン・ウィック」 「死んだフリ」を許さないオトコの映画

 以前、ハリウッドのアクション映画をアメリカン・ニュー・シネマの呪縛(正確に言うとベトナム戦争の、なのかなぁ、、、)から解き放ったのは「ダイ・ハード」だと書いたことがあったが、その「ダイ・ハード」もすでに28年前である。

 

 その間ハリウッドのアクション映画はナニをしていたのか、という問題がある。

 

 まあ、その間大した変化はなく、未だに忘れた頃に「○○のダイ・ハード」(空のダイ・ハードとか海のダイ・ハードとかホワイト・ハウスのダイ・ハードとか)がやってくる始末である。

 しかし、細かいところで徐々に進化はしてる。
 例えば、最近の銃撃戦のあるアメリカ製アクション映画銃撃戦のハヤリは、

 

「トドメを刺す」

 

 コレである。

 

 昔の銃撃戦といえば、一発当たれば「アア〜〜〜ッつ!!」とか叫んで胸を抑えて倒れこみ、そのまんまその人物のことは忘れてもOKだったが、「ヤラレたフリをして実はこっそり主人公を狙おうと銃を構える奴」が頻出するあまり、最近は「一発当たって倒れた奴に念のためもう一発撃ちこむ」という演出が大流行しています。

 

 この「ジョン・ウィック」はそんな「トドメ刺し」映画のひとつの到達点と言えるでしょう。

 主人公のキアヌ・リーブスは、「訳あって再び立ち上がった元無敵の殺し屋」ですが、自分が銃で撃ったほぼ全員にトドメを刺します。
 もう、一種の強迫観念のよう。
 きっと、殺し屋稼業を続けていく中で、もう死んだと思った奴に撃たれたことが何度もあったのでしょう。

 

 無敵の殺し屋のくせにガンを必ず両手で構えるリアリティもいい。
 両手で構えても複数の敵の素早い動きに対応できるキアヌ・リーブスの体術とも相まって、「銃撃戦映画」としては久々大満足の出来。

 

 もう一つこの映画の美点は、「殺し屋業界」の存在を描いたことだろう。
 殺し屋達には、業界内部でだけ通用する特殊なコインがある。
 死体処理業者や、殺し屋達の社交場「コンチネンタル・ホテル」は、このコインを使って支払われる
 殺し屋たちが、殺し屋たちだけの間で通用する特殊なコインを用いて利用するホテル。
 このホテルの中での「仕事」はご法度だ。
 必要があれば医者でも死体処理業者でも呼んでもらえる。
 コインを払って。

 

 このアイデアは映画一本で終わらせるには惜しいなぁと思ったが、案の定「ジョン・ウィック2」が決まっているそうである。

 

 悪役のロシアン・ギャングの親玉に、「ドラゴン・タトゥーの女」のミカエル・二クヴィスト。髭なんか生やして最初はジャン・レノかと思った。
 米国に渡ってすっかり悪役になっちゃったなぁ、、、本国スウェーデンではヒーローだったのに、、、

 

 アメリカ製アクション映画の銃撃戦におけるここ数十年のもう一つの流れ、「撃たれた身体の損壊具合を描く」については、またいずれ語りたいと思います。

JUGEMテーマ:映画

at 20:58, 空中禁煙者, 洋画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「ほんとにあった!呪いのビデオ 64」 新機軸満載の意欲作

 残念ながら幽霊というものをまだ見たことがないので判らないのだが、幽霊というものは立体的に見えるものだろうか。

 我々がTVモニターやスクリーンに映しだされたモノを「立体的である」と感じるのは、(左右の肉眼で見たものが映しだされているのではない以上)主に陰影と遠近法によるだろう。

 

 「陰影」という以上どこかに光源があるはずなのだが、いわゆる霊的な現象が、その現象の観察者と同一の光源の影響を受けないであろうことは想像できる。なにしろ「あの世」の物なので、あの世の光源(?)に照らされたものが、何らかの回路を通ってこの世で見えているだけなのだ。

 そもそも照らされるもクソも、半透明だったりして光が反射するかどうかも怪しいと言えば怪しい。

 などと考えていると、やはり幽霊が平面的に見える、というのは正解なんだろうかねぇ、、、

 

「怨讐」
 廃墟を探検していてポルターガイストに会うハナシ。
 「ほん呪」としても、そもそも日本全体の傾向としても、こういう人間的な姿の見えないポルターガイストは珍しい。派手なポルターガイスト現象が起きた瞬間、一気にバタ臭くなった気さえした。

 

 そんな意味で新鮮な驚きがある。
 が、タイトルが大げさ過ぎ。

 

「トイレ」
 投稿者のカレ氏は、とあるオカルトサイトの記事に従って、深夜の公園のトイレで霊を呼びだす儀式を行う。カレ氏はそういう怪しい動画をネットにアップするのが趣味なのだ。
 カレ氏と連絡がつかなくなった投稿者は、カレ氏の部屋で見つけたスマホから、公園のトイレの動画と、当の彼氏の部屋のトイレの動画を見つけるが、、、
 というハナシ。

 

 ちょっとストーリーが凝ってる。
 製作委員会はカレ氏の行動の元になったオカルトサイトの管理人と連絡をとり、例の「公園のトイレの儀式」の記事について尋ねるが、その答えは驚愕すべきものであった、、、

 

 コレこそちゃんと取材して追いかけるべきなような気がするが、、、

 

 自室のトイレの窓の外から真っ赤な顔をした子供が覗いているが、この顔が結構立体的。
 しかし、微動だにしない。
 平面的であることと同様に、微動だにしないっていうのも、心霊写真からの刷り込みなのかなぁ、、、

 

「赤い傘」
 撮り鉄のカレ氏が踏切脇で電車を撮影しようとしているところを撮影するカノ女。
 通り過ぎる電車がマッキッキで西武線にしか見えない。
 オレは明日西武線に乗ってこの踏切を通過するんだろうか、、、

 

「シリーズ監視カメラ 覗き穴」
 ドアの覗き穴に防犯用にカメラを仕掛けていると、なんと向こうから覗き込む顔が、、、

 

 意外なことにオトコの顔。
 

 覗き穴の視界に上から入ってくる意外性がちょっといい。
 普通は下から入ってくるじゃん?

 

「寺跡」
 触るとタタリがあると言われている「首なし地蔵」にわざわざ大人数で触りに行くハナシ。

 撮影者を含めて4人以上いる時の定番カメラワークで、ひとりひとりの上半身を順番にパンしていくが、最後の1人まで行って戻ってきた時に、ひとりの女性(何故かこのヒトだけ「アサミ」と名前バレしてる)に背後から不気味なオンナが絡みついている。

 

 惜しむらくはカメラが戻ってきた時のアサミ嬢も絡みついている不気味なオンナも微動だにしないこと。
 まるで、一度カメラが通りすぎたあと、慌ててハケて、戻ってきた時の誰もいない空間に静止画を合成したように見える。

 

「人身事故」
 本当の電車事故の現場で撮影している。
 臨場感はあるが、「不可解な現象」そのものはどうということはない。
 その存在が半透明でさえなければ、割りとフツーの出来事ではないか。

 

「スケープゴート 後編」
 まあ、色々ゴチャゴチャやっておりますが、要は民俗学のゼミのチームが呪いを封じ込めた箱盗んできて開けちゃって、案の定呪われたって言うハナシです。

 

 問題は、そのゼミの部屋に忍び込んで掴まった少女の存在だろう。
 ゼミのチームが箱を盗んだのと同じ県に旅行に行った際行方不明になるが、ゼミ室に忍び込んでいるところを発見されて以来、精神のバランスを崩していて、さらにはゼミのメンバーが呪われた結果遭遇する悲劇を絵に描いて予言する。

 

 彼女の存在がこのハナシに不思議な陰影を与えている。

 

 一方で、菊池カントクの「探検趣味」が再度爆発している。
 投稿者のカレ氏が元あった場所に埋め戻したらしい問題の「箱」を、わざわざ場所を特定して掘り返しに行くのである。
 しかも一度場所を間違えて道に迷ったところを地元のヒトに助けてもらい、その時点でいい加減夜になっているのに、そのまま再度捜しに行くのである。
 朝になるまで待てばいいのに、、、

 

 しかも深夜の大冒険の末発見した箱にたいして、演出補どもに絶対やってはいけないことをヤラせるのだ。
 だからそれやっちゃダメだって言ってるのに、、、

 

 しかしここからの演出は面白い。
 探検チーム(菊池と新演出歩のオトコ二人)と、件の少女の元に詰めている川居ちゃんを含む女性演出補二人の様子をカットバックで描いていくのだ。
 つまり、同時刻に二箇所で起こった出来事を切り返して描いていて、コレがなかなかの迫力。
 まるで映画みたい。

 この手のドキュメンタリーとしてこの演出法は賛否両論あるだろうが、面白いことは面白い。

 

 ラストに製作委員会の推論として明かされる少女の意外すぎる「正体」とあいまって、全体としてなかなかの満足感のあるエピソードになった。

 

 しかしこの少女の「正体」はちょっと無理だなぁ、、、
 発見時にもその後も病院に行ってるんだもん。これでそんな「正体」がありだとしたら、ちょっと我々の常識を覆す。映画だったら何らかの説明がないと、ふざけんな状態だろう。

 

 ココさえちゃんとしてたら、それこそ坂本一雪時代を越える「究極の実在系」に成功したということになるんだが、、、


 とは言うものの、この巻はのっけから新機軸もあり、満足感で言えばかなりのもの。

 

 ところで、3巻前まで演出補としてド厚かましい雰囲気を醸し出していた森澤は、最近姿を見せないが、スタッフにはちゃんと名前を残している。
 まさか、ここ数巻の好調は、森澤の手によるものだとでも言うのだろうか、、、

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 02:08, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark

「ほんとにあった!呪いのビデオ 63」 不可解な現象は鶴田法男がお好き

 あのですね。
 いわゆる霊的現象(ほん呪風に言うと「不可解な現象」)が、カメラワークを意識した動きをする、というのはおかしいと思うわけですよ。

 いま、写っている「不可解な現象」とカメラのあいだに何らかの遮蔽物が現れ、数秒不可解な現象が隠れた後、遮蔽物がどくと不可解な現象が消えている、あまつさえ近づいている、とか。
 カメラが一度パンして、元の位置に戻ってくると、さっきまで特に不審なものはなかった空間に不可解な現象が出現している、とか。
 なぜ「不可解な現象」が、カメラに今何が写っているか写っていないかを意識していて、なおかつそれが判るのか、と。

 

 ハッキリ言ってこれらは映像作家の鶴田法男がホラー映画(とかドラマ)の演出のために編み出した手法であり、続くJホラーの監督たちがこぞって採り入れた(パクッたとも言うが、映画界において手法のパクリはだいたい許される)ために、すでに我々日本人は「霊的現象はこのような挙動をとるものである」と刷り込まれているのである。

 従って、もし仮に霊的現象が映る動画を新たに撮ろうとする者がいたとしたら(あくまで仮に、ですよ)、ほとんど無意識の内に「霊的現象がカメラワークを意識して自らのインパクトを高めようとする」演出をしてしまうのではないか、と思われるくらい人口に膾炙しているのだ。

 しかしながらコレはあくまでも「演出」であり、ドキュメンタリー作品、あまつさえ投稿作品にこれらの演出が散見される、というのはマズイのではないか。

 

 それともアレか。
 不可解な現象たちが、清水崇みたいに鶴田法男に許可をとって演出法をパクらせてもらってるのか。

 

 今回はそんな観点からも検証してみたい。

 

「親子」
 公園で遊ぶ息子(4〜6歳)を撮影する母親。公園の池の水辺では謎の手が息子を引きこもうとし、ほとりに木からはオンナの生首が、、、

 これは岸辺の手に驚く撮影者が一瞬視点を乱したあと、木を見上げる息子に気づく切り返しが巧い。
 ただ、岸辺の手があまりにも平面的で動きがない。

 

「ゴンドラ」
 ロープウェイのゴンドラの窓にへばりつく子供の影。
 なぜ彼はこんなに平面的なのだろうか。
 こんなに平べったくなっちゃって、ヒラヒラ飛んできてペタッと窓に張り付いたんだろうか。
 なんか可哀そう、、、

 

「街撮り」
 撮影者は外国人とのこと。
 ただ、歩きながら街路の様子を撮影している。そういうこともあるだろう。
 漫然とした映像の中に、突如右から半透明のことが現れて消える。
 映像を見る限り、右から現れて、撮影者とぶつかった時点で消えているようである。
 論理的には、後ろを振り向くと「彼」が映るような気もするが、そこまでの余裕はなかったようだ。

 

「上空」
 飛行機の手荷物置き場に置いてあるリュックサックと手荷物置き場の端のスペースに、すっぽり生首が「嵌り込んでいる」。
 中村氏のナレーションは「友人を撮っている」と言うが、友人はほとんど写っていない。
 カメラは座席の肘掛けの位置から手荷物置き場に向けてまっすぐ向けられている。
 そして、スッチーらしき人影や、隣の席の友人の手がカメラと生首の間を遮るタイミングを利用して、出たり消えたりする。
 恐らく撮影者はカメラを見ていない。ただ、なんとなくカメラを向けて撮影しているだけで、ナニが写っているか判っていない。
にもかかわらず、「不可解な現象」は遮蔽物を利用して出たり消えたりする。

 

 生首がやや立体的に見えること、瞬きをしていることは評価できるが。

 

「シリーズ監視カメラ 鳥居」
 コレは定点カメラでカメラは動かないし、画面の中も動くものは殆どないが、やはりタイトルにもなっている「鳥居」を利用して出たり消えたりする。

 

 オッサンと女性が複数ある鳥居をくぐっていると、女性だけ消えてしまうのである。
 別に幽霊はもともと出たり消えたりするものなんだから、普通に出たり消えたりすればいいと思うんだけどなぁ、、、

 

「証明写真」
 街角にある証明写真のボックスで写真を取ろうとすると、中に女性がいる(腰から下しか映らないが)。
 慌てて謝るが、一緒にいた仲間は誰も居ないという。
 もう一度開けると、、、というハナシ。
 で、中にいた女性はともかく、ボックスの天井付近にオンナの生首が、、、

 

 菊池カントクは生首好きだなあ、、、
 中の女性が消えるタイミングは巧いと思ったが、生首が平面的で、やたら目がでかい。少女漫画のよう。
 で、そのでかい目でキョロキョロしやがる。キョロキョロする動きが無意味だし不自然。
 撮影者を睨んでいるとかの方が怖いのではないか。


「スケープゴート 中編」
 ほん呪委員会の執拗な調査によって、徐々に真相が明らかになってくる。この辺はほん呪本来の楽しみとは別種の良さが出ている感じ。
 前作から問題になっていた民俗学の助教、庵堂を追い詰める過程など、一晩がかりの張り込みなどあったりして、刑事ドラマのよう。
 そして庵堂の語る「取材旅行」の全貌とは、、、

 

 庵堂助教授一行は、案の定例の「箱」を旅先の旅館で開けていたのだ。そしてその時の映像を残している。撮影者は庵堂助教。
 箱を開けた瞬間、三人の学生の背後に、、、というのだが、この時三人それぞれの背後に現れた不可解な現象が、なんか笑っていいのかビビっていいのかビミョウなシロモノ。
 なんか中世のキリスト教の司祭みたいな頭からスッポリかぶる黒いローブ姿なのだ。
 え?この箱、キリスト教絡みだったの?、、、

 

 さらにこの箱のもともとの持ち主であった巫女(やっぱ神道系じゃん、、、)の老婆を調査するうちに、製作委員会はもう一度庵堂助教のハナシを聞きに行こうとするのだが、、、

 

 ラストでとうとう菊池カントクの探検趣味が爆発。
 再度庵堂助教の自宅を訪ねた一行は、そこで衝撃的な事態に遭遇してしまう、、、
 いや、ここまで映すとは思わなかった。
 コレはなかなか衝撃的。

 

 そんな訳でごく普通のホラー映画のように展開していくこのハナシ。 
次回でラストなんだけど、ちゃんと終われるのかね、、、

 

 イヤ、シリーズの性質上、別に落ちがつかなかろうが大団円じゃなかろうが仕方ないんだが、ここまでちゃんと「展開」されると、なんかキチンと終わってくれないと納得できない感すらある。


 なんかやってるうちにカメラワーク意識するハナシより、「幽霊の立体感」のほうが気になってきてしまった。
 次回はちょっと幽霊の立体感を意識して鑑賞してみたい。

 

 まさか、カメラワークを意識しているのは、生前Jホラーのファンだった幽霊だとでもいうのだろうか、、、(ホントにそうだったらゴメンナサイ、僕のところに出ないでください)

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 01:49, 空中禁煙者, 邦画

comments(0), trackbacks(0), pookmark