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マジックソープ ベビーマイルド 236ml
マジックソープ ベビーマイルド 236ml (JUGEMレビュー »)

中年オトコが石鹸をオススメかよッ!!と言うなかれ。ワタシはコレをガロンボトルで買い込んでます。
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「ヒメアノ〜ル」 誰か森田剛で「復讐するは我にあり」を作るべき

 最初から2つのストーリーラインが存在し、その2つが時に接触し、時に離れていくスリルを楽しめる映画。

 

 ストーリーラインのひとつは濱田岳演ずる地味なバイト君を主人公にしたラブコメディ。
 もうひとつは森田剛演ずる殺人鬼が淡々とヒトを殺しまくるスプラッターホラー。

 バイト君の良いヒトだがキモい先輩(ムロツヨシ)の憧れの美少女ユカちゃん(佐津川愛美)は殺人鬼にストーキングされているうえ、実はバイト君と殺人鬼は高校の同級生なのだ。
 この2つを接点に、2つのストーリーラインはダンスを踊るように絡み合う。

 

 まず、ラブコメディ部分が良く出来ているのに驚く。
 ある程度のトシになっちゃっているが(多分バイト君とゆかちゃんは20代前半のつもりだろう)、あまり裕福でもオサレでもない、フツーの男女のフツーに不器用なエッチを描いてコレほどリアルな映画をワタクシ空中さんは観たことがない。
 映画に描かれるのはだいたい無駄にありえないほどオサレな男女であり、貧乏な設定でもできるだけビンボ臭さを感じさせないように描いているか、あえてビンボ臭さを出している場合はなんか異常だったり濃厚だったりするものだ。

 

 佐津川愛美ちゃんのムチャクチャ可憐ではあるが、ありえないほどの美しさではないリアルさが効きまくり。
 濱田岳だのムロツヨシだのひとクセある演技派に囲まれて、ある意味体当たり演技で頑張ってます。

 

 もう一人の主演、森田剛も良い。
 この役はオフィシャルサイトでも「サイコキラー」と紹介されているが、厳密に言うとサイコキラーではない。
 彼は猟奇殺人犯でも快楽殺人犯でもないから。

 彼が殺人を楽しんでいるような描写は一度もない。
 しかし彼は何故か殺人に対し禁忌を失っており(その意味ではサイコではあるが)、ちょっとでも彼の行動を妨げるものはなんの躊躇もなく殺す。
 そして、殺したせいで行動に制限が出来て、また殺す。連鎖反応のように殺す。
 「クリミナル・マインド」風に言うと「スプリー・キラー」と言う奴だろう。

 そして森田剛は、この、「別に殺すことが好きではないんだけど、ちょっとでも必要あればすぐ殺すよ?」と言うオトコにちゃんと見える。
 これはすごいことだ。

 とりあえず、「サイコキラー」と言う言葉からすぐ連想されるようなステロタイプに堕さず、「心の何かが欠落してしまったオトコ」の演技に徹している。

 

 ちなみに「ヒメアノ〜ル」のwikipediaを見ると、この役の人物に関して、
>実態は人の首を絞めて殺すことに性的興奮を感じるサイコキラー。
という記述がある。
 映画には首を閉めて性的興奮を感じている描写は一切ない。
 つまり、映画化にあたってサイコキラー要素は落とされているのだ。
 コレは映画の後半次々とヒトを殺していく彼に対する解釈として正解だろう。あんなもんいちいち性的興奮感じてたらとてもじゃないが間に合わない。

 

 惜しむらくは脚本、演出の吉田恵輔氏の才能が明らかにラブコメディに寄っていて、殺人鬼パートの演出に、森田剛の演技以外光るものがない。
 これもまた、コミックという時間的制約から自由なメディアを、イロイロ不自由なメディアに変換する際に生じるデメリットなのだろう。

 

 メリットはもちろん佐津川愛美ちゃんのベッドシーンです。

JUGEMテーマ:映画

at 19:25, 空中禁煙者, 邦画

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「殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―」 隠蔽者は、もう、そこらじゅうにいる

 日本の警察はなんでこんなに駄目になってしまったんだろう。
 

 ワタクシ空中さんが子供の頃は、警察関係者たちは胸を張って「日本の警察は日本一」と満天下に宣言していたもんだ。
 いま、そんなことを言う警察関係者は絶無だろう。
 捜査だの検挙だのより、天下り先を捜す(或いは自ら作る)のに忙しいから、警察としての能力が世界一かどうかなんて瑣末なことは気にしてられない。

 ある時期をさかいに、日本の司法は物的証拠第一主義を忘れ、戦前のような自白偏重主義へと回帰して行く。
 私見によれば、転回点は「グリコ・森永事件」だったように思う。
 グリコ・森永事件以降、日本企業は天下りを受け入れるのはしぶり始め、警察官僚たちは捜査どころじゃなくなっていく。


 本書はそんな日本警察の堕落の帰結点のひとつ(あくまでひとつに過ぎない)、「足利事件」が冤罪であることを暴いたジャーナリストによる「魂」の告発であり、警告である。
 警告は警察への警告ではない。北関東に暮らすヒトビトへの警告である。
 北関東で5人の幼女を拉致・殺害した犯人はまだ捕まっていない。

 

 著者、清水潔氏は市井のヒトビトの「小さな声」を拾い上げることにこだわる。
 裏を返せば「大きな声」である警察発表を信じないということでもある。
 清水氏は警察の大本営発表の場である記者クラブから事実上疎外されている。
 にもかかわらず、「小さな声」にこだわり続けて死刑囚の逆転無罪を勝ち取った。
 ペンは剣よりも強しとは正しくこういうことを言うのだろう。


 そして、清水潔氏が未だに少ない予算で周囲と戦いながら取材を続けなければならないという事実が、日本の司法のみならず、ジャーナリズムもほぼ死に体であることを物語っている。
 真のジャーナリストが清水氏の他に数人出てこないと、今の日本で真のジャーナリズムが、ひいては真の民主主義が育たないのだろう。

 

 と、言うわけで、ワタクシ空中さんは本書の内容をほぼ全面的に称揚する(飯塚事件に関する議論も含めて)。

 とここまで断っておいて、一言。

 

 清水潔氏が真のジャーナリストであり、ジャーナリズム最後の希望であることなど既に常識の部類であろう。
 それを認めた上で敢えて苦言を呈させていただきたい。

 ワタクシ空中さんはもともと「ジャーナリストの書いた本は苦手」と言っているが、本書でも同様のモノを感じた。
 やや感傷的にすぎる「少女の夢」に関する記述は、まあ、演出として良しとしよう。
 どうしても気になったのは「黒いファイル」の扱いである。

 

 清水氏が北関東連続幼女殺害事件を扱うと決めた時点でこの「黒いファイル」は清水氏のデスクに存在しているのである。
 そして清水氏はこの「黒いファイル」を元に一連の事件の真犯人に行き着く。
 本書では匿名ではあるが、私的にDNA鑑定までして真犯人を特定しているのだ。
 そして、この「黒いファイル」の正体については明かされない。
 あとがきで「ニュースソース秘匿のため」とウダウダ言い訳しているが、だったら「黒いファイル」の存在自体匂わさなければ良いだけではないか。
 参考人リストの中に気になる人物がいた、とかなんとかいくらでも嘘にならない書きようはあっただろう。
 なにもわざわざ「黒い」などと色付きで、カッコつきでもったいぶる必要はない。

 鬼気迫る取材ぶりにはただただ頭が下がる(というか日本のジャーナリズムの良心と言っていいだろう)が、書籍としての完成度という観点から見ると、ややフラストレーションの残る演出だったな、と思う。

 

 最後に本書で最も怖いシーン。
 それは、最高検察庁幹部が、清水氏と上司に近づいてくるシーンである。
 おためごかしに清水氏とその上司と共に銀座の懐石料理屋で一席設けるが、さんざん清水氏の取材結果に感心してみせた挙句、
「あの18−24って奴、やめてもらいてえんだよなぁ」
とのたまう。
 18-24とは清水氏が私的に入手した真犯人のDNA型である。

 検察庁最高幹部は、「ハナシのわかる偉い人」のフリをして近づき、結局清水氏の報道を遅らせる役割を担っていたのだ。

 

 もう、この国では検察すら信じられないのだ。

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 02:21, 空中禁煙者, 書籍

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「アイアムアヒーロー」 早急な続編を求む

 映画が始まってから、延々と主人公のダメ人間ぶりを見せつけられる。
 ハハァ、コレはダメ人間がゾンビ騒動でヲタヲタする様を描いたコメディか、くらァ〜い不条理文学の映像化のようなものを観せられるのだな、と覚悟せざるを得ない。

 

 しかし、主人公が最初にゾンビと出会うシーンで、実はこの映画が、ガチでどシリアスなゾンビものであることを思い知らされるのであった、、、
 この映画は日本映画界としてはほとんど初と言っていい、本格的なゾンビ映画なのだ。

 

 そうなると次に問題になるのは、ダメ人間の復権成分と、ゾンビ成分がうまく融合するのか、ということだが、、、
 正直言って上手く融合して相互に効果を高めあう、までは行ってないのだが、なんとか共存することには成功している。

 

 共存できた大きな理由のひとつは、主役に大泉洋を持ってきたことだろう。
 この、コメディもシリアスもシームレスにこなす、整った顔立ちであるにも関わらず、決して二枚目ではない特異な存在の仕方をする役者の、肉体と演技力が、かろうじて2つの要素がバラバラになってウソ臭い映画になることをくい止めている。

 おそらく原作コミックが2つの要素を融合できているのは、「絵柄」というコミックが持つ最大の魔法(コレはコレ一発でなんでも可能にする真の魔法である)と、(人気さえ出れば)ほぼ無制限な「長さ」によるものと思われる。
 映画版のキャストでいえば、ドランクドラゴン塚地やマキタスポーツを主役に持ってきて、2つの要素の相乗効果を出せれば、コミック版の真の狙いを達成出来たとしたいところだが、やはり2時間強の映画というメディアでは無理だろう。
 大泉洋を持ってくることが映画版としては最善の策だったのかな、と思わざるを得ない。

 

 男優で主役級は大泉洋1人だが、片瀬那奈、有村架純、長澤まさみ、と女優に主役級が3人もいる。
 片瀬那奈はキレイなシーンがなくて割りを食っているが(芝居どころはある)、後の二人はそれぞれのキャリアのエポックメイキングな活躍ぶり。
 有村架純ちゃんは設定の都合上、後半はほぼ存在するだけになってしまっているが、前半の可愛さは異常。
 さすがにJKの分際で自分の死を淡々と受け入れる悲壮美は出し切れていないが、プクプクしたルックスが、
「置いていってもいいよ」
などと言う優しさにリアリティを持たせてしまう。
 この役は2時間の映画としては途中で処理すべき役だと思うが、後半お荷物感満載でも残しているのは、おそらく続編への布石なのだろう。

 

 代わりに後半活躍するのが長澤まさみちゃんだ。
 最初、巨大アウトレットモールで主人公を救う女戦士として登場したとき、長澤まさみちゃんだとは気づかなかった。
 JACあたりから連れてきたアクションの出来る女優さんだろうと思った。
 中盤からさすがに「長澤まさみちゃんに似てるなぁ、、、」などと思い始めたが、それくらい普段とは違うシャープなメイクになっている。
 タバコをプカァ〜っとふかす芝居といい、やや虚無的な女戦士の役が似合っていて、おそらくは何回目かの演技開眼と言ってもいいのではないか。

 

 監督は監督は「GANTZ」や「図書館戦争」の佐藤信介。
 特筆すべきコトは、この映画はまだ終わってないコミックを原作にして、ちゃんと終わった感を出せていることだ。
 これは「進撃の巨人」や佐藤信介自身の「GANTZ」でも、日本映画界がことごとく大失敗している。

 

 まあ、この映画の場合、「ゾンビ映画の伝統」に乗っかっている部分もある。
 巨大モールのコミュニティが崩壊して主人公を含む少数が脱出に成功する、というのは、ジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」と一緒だ。
 ゾンビ映画ファンは、ここで「ああ、一応終わったな、、、」と感じるものなのだ。

 

 日本のコミックというものは、世界のトップを走り続けているが、映画はどうもそうなってない。
 しかしこの映画のゾンビ描写はコミック作家の想像力というカタパルトを得て、日本初どころかおそらくは世界レベルかな、と思う。
 ワタクシ空中さんは長らく日本映画がなんか別のメディアの表現のサブジャンルに墜ちていること嘆くものだが、この映画では上手い協力関係を築いたな、と思う
 それくらい真剣に、ゾンビ映画をやっているのだ。

 

 願わくば、有村架純ちゃんがあんまり大人になる前に続編が作られますことを。

JUGEMテーマ:映画

at 02:30, 空中禁煙者, 邦画

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「必殺始末人」 トシちゃん渾身の殺陣が堪能できる

 WOWOWで鑑賞。
 正直言ってたいしたことなく、とても一般にオススメできるレベルではないんだが、コレだけは言及しておきたい。

 

 制作年度は1997年。
 コレはつまりテレビで必殺シリーズが作れなかった時代であり、おそらくは必殺シリーズのスタッフの残党がなんとかカネとキャストをかき集めて作った一本。
 当時既にVシネのシリーズを作るにあたって、権威付けのために一本目だけ劇場公開する、と言う手法が確立しており、テレビシリーズより劇場映画のほうが安易に作れたのだ。

 

 失礼ながら残党のみなさんが作ってるせいか、ストーリーも設定も今までの必殺シリーズのエッセンスを抽出したような作りで、オリジナリティには欠ける。
 ナンノの殺し技はシリーズ第一作「必殺仕掛人」の梅安先生と同じであり、梅安先生そっくりの前垂れ式の顔隠しまで使っているが、すっかり顔を見られてから殺す直前におもむろに顔に垂らす、と形骸化してしまっているのはご愛嬌。
 若手の後藤光利がつかう手槍も「仕置人」で沖雅也が使うものと全く同じである。ハッキリ言って同じ小道具が残っていたのを使っているのではあるまいか。

 ストーリー上、一話の中で元締めが代わる、と言う新手があり、コレが唯一の新味ではある。

 

 ココまではどうでもいいのである。まあ、苦しい時代に頑張ったな、と言う程度のもんである。問題はここからだ。

 この映画の主役は実は、一味の中の剣豪役、田原のトシちゃんなのだ。
 そして、トシちゃんはこの映画で瞠目すべき殺陣を見せている。
 コレには腰が抜けるほどビックリした。
 コレほどの殺陣は若山富三郎先生が亡くなって以来見たことがなかった気がする。
 それほどスゴい。

 

 必殺シリーズと同じく、田原のトシちゃんもこの時期は不遇の時代だったはずだ。
 そして同じく苦境を抱えた両者の思惑が一致したのだろう。
 コレほどの殺陣は一朝一夕の稽古で出来るものではない。
 おそらくは相当時間をかけて練習したはずである。
 稽古をつけて、フィルムに定着させたスタッフと、コレ一発でなんとかメジャーシーンへの復帰を目指すトシちゃんの、双方の氣魄がヒシヒシと伝わってくる。

 

 殺陣については最近の「必殺仕事人20○○」のヒガシもなかなかシャープな動きを見せて頑張ってはいるが、あんなもんじゃない。
 まさに正統的な「殺陣」であり「チャンバラ」なのだ。

 しかしその後トシちゃんが剣豪役者として名を馳せたと言うハナシは訊かない。
 もったいないなぁ、、、

 

 正直言って腕利き刺客としての殺気が感じられるかと言えば、まだまだなのだが(コレはヒガシも松岡クンもまだまだ)、少なくともナニをしなければならないかは分かっている演技。
 藤田まことの中村主水も「いざとなれば仲間も殺す」と言う殺気を漂わせられる様になるまでには結構時間がかかっているのだ。
 このシリーズもテレビシリーズに昇格して2クール終わる頃には、トシちゃんも殺気くらい放てるようになったのではないか。

 

 監督はもともと必殺シリーズのカメラだった石原興。これまでにも必殺シリーズのの演出を何本か手がけているが、劇場用映画の監督としてはコレがデビュー作。 

 このヒトは最近でもヒガシの「必殺仕事人20○○」でも、ほとんどシュールなまでの映像美を追求していて、工藤栄一も深作欣二も亡き後、必殺シリーズを任せられるのはこのヒトしかいないなぁ、と言う感じ(と言ってもこのヒトももう70代半ばなはずだが)。

 

 今回WOWOWで「劇場版必殺シリーズ」の一環として一作目だけ放送してもらえたが、実はVシネであと2本ある。
 慌てて近所のレンタルビデオ屋に行ったが、まあ、置いてないよね。AMAZON等にまだ在庫はあるようなので、買えば観れるんだろうが、、、
 どうもVシネ版の完結編で一味は江戸を脱出しただけで死んではいないようなので、なんとかヒガシの「必殺仕事人20○○」にトシちゃん演ずる山村只次郎を出せないもんだろうか。
 それともやっぱりトシちゃんとジャニーズの共演はまだ無理なんだろうか。
 そういうことばっかり言ってるから日本のドラマってダメになるんだよな、、、

JUGEMテーマ:映画

at 18:57, 空中禁煙者, 邦画

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「聖痕」 「美藝公」+朝ドラ

 冒頭のエピソードがあまりにも凄惨で、「コレはエラいことになったぞ、、、」と思った。
 冒頭からこの有様でココからあの、一切のモラルを笑いトバす筒井ワールドが延々と展開し始めたら、一体どうなってしまうのだろう、、、

 しかしそうはなりませんでした。
 考えてみれば朝刊連載でそんなムチャする筈がない。

 

 冒頭の凄惨さとは裏腹に、コレは筒井先生が若い頃からちょくちょく発現させていた「ユートピア志向」を突き詰めた作品だなぁと。。

 これまでの筒井作品に見られるユートピアは、パラレルワールドや遠未来に設定されていたが、本作は、今まさに我々が暮らすこの日本にユートピアを現出させることが可能か、という実験をしているように思われる。
 作中で展開される世界と現実世界の繋がりを強化するために、本作では筒井作品には珍しく、オイルショックに始まりバブル崩壊を経て東日本大震災に至る現実世界のトピックを盛んに取り入れている。

 もともと筒井先生は心なき者どもから「時代と寝ている」などと揶揄されるほど時代のトピックを取り上げてきたが、あるトピックを笑いのめすためにメインテーマとして扱うのではなく、時代の推移を表すために背景としてこれほど大々的に織り交ぜてくる、というのは記憶にあるかぎり初めてである。
 それほど筒井先生にとって本作品が「今、まさに我々が生きて暮らしているこの世界である」事が重要なのだろう。

 コレはつまり、あの名作「美藝公」へのアンサーソングということではなかろうか。

 「美藝公」のラストで登場人物たちは、ユートピアである「美藝公」世界から、ディストピアとしての我々の住む現実世界を夢想していた。
 本書ではそのディストピアに、局所的にユートピアが現出している。そしてそのユートピアを目にした登場人物のひとりは、(まるで「美藝公」のラストで登場人物が平行世界のディストピアを夢想したように)ラストでこの極小のユートピアが日本全体に(世界全体に?)広がることを夢想する。
 しかし、この世に「美藝公」がいないように、美食公もまた存在しない。

 

 全体的に、若いころの筒井作品に比べると、ご都合主義が多い。
 これもやはり藤枝静男氏から学んだ「老大家はナニをしても許される」ドグマの発現なのだろう。もう、リアルな展開とか、もう、いいじゃないか、と言っているようだ。

 

 しかし、リアルとリアリティは違う。
 つまり、リアルとの結びつきを敢えて強くした世界で、リアルではないストーリーが展開されるが、そこは筒井先生の文体とディティールの積み重ねと残酷なまに深い人間理解で、リアリティは充分なのだ。

 ラストから逆算すると「このエピソードは必要か?」と思われるエピソードもあるが、リアリティ溢れるユートピアで揺蕩っているのが楽しいので、気にならなくなってくる。
 この呼吸は時代を取り入れる描写ともあいまって、なんとなくNHKの朝ドラみたいだなぁ、、、とも思う。
 新聞連載小説は朝ドラに似てくるんだろうか。

 

 本書はまた、大量の(ワタクシ空中さんなんかでは利いたこともないような)古語を散りばめられていて、巻末に膨大な注釈が付いている。
 コレ、新聞連載時には毎日掲載分の末尾に注釈がついていたはずで、なんとなく、「ただでさえ少ない掲載スペースのを注釈で埋めてやる!!」と言うギャグだったような気もする。 

 しかしヒトの悪い筒井先生のことである。
 古語の幾つかは実際には存在しない筒井先生の造語で、筒井先生自身は「ありがたがってるありがたがってる、、、ケケケ」と笑ってらっしゃるようなきがするのだが、どうだろう。

JUGEMテーマ:小説全般

at 20:21, 空中禁煙者, 書籍

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