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マジックソープ ベビーマイルド 236ml
マジックソープ ベビーマイルド 236ml (JUGEMレビュー »)

中年オトコが石鹸をオススメかよッ!!と言うなかれ。ワタシはコレをガロンボトルで買い込んでます。
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「天空の蜂」 佐藤純彌の不在

 ひとことで言うと「プロデュースワークの不在」ということだろう。
 コレはもう、日本映画界の業病のようなものだ。

 

 そりゃ堤幸彦カントクは売れてる。
 今の日本映画界で最も売れてると言っても過言ではない。
 しかしですね、何度もいいますが、「売れてる」=「ナニ撮らせても面白く仕上がる」ではないのよ。
 たまにナニ撮らせてもそつなくこなす職人カントクもいるけど。
 佐藤純彌とか。
 古いか。
 今で言うと誰だ。
 滝田洋二郎か。
 ソレもあんまり新しくはないけど。

 

 コレも何度も言いますが、堤幸彦は要するに「悪フザケを芸にまで高めた(あるいは金が稼げるようようにした)」ヒトであって、シリアスな提作品にマトモな映画なんてひとつもないのだ(私見)。

 

 従って、ですね。
 堤幸彦と言えば、この映画のような、どシリアスな社会派サスペンスなど撮らせるのに最も適さない監督なのよ。
 恐らく本人は(お金もらってるし)一生懸命やってそれなりにいいモノが出来たと思っているだろうが、まあ、それなりにまとまっているだけで、映画として光るようなところは全く無い。
 それとも、「あーあ、こんな映画オレがやってもしょうがねえんだけどなぁ、、、マ、いいか。まとめるだけはまとめるか」と思ってやっているのだろうか(三池崇史は半分くらいこのパターンではないか)。

  

 ただ、ストーリー展開上、映画的なシーンが2箇所あって、そこはそれなりに盛り上がる。
 無人のヘリに取り残された子供を救出するシーンと、アパートを警察に急襲された犯人が逃走を試みるシーンだ。
 救出シーンは、ヘリ内に撃ち込まれたフックの扱いでやや説明不足な点があってイライラするが、どうやって救出するつもりか観客に教えない演出のおかげで、自衛官の取る行動にアッと驚かされる。この衝撃は小説より映画の方が出るだろう。
 犯人の逃走シーンも始まった途端、あまりの激しさに一瞬のけ反る。コレも同じ。

 平行して、愛知県にあるヘリ会社の内部と、原発のある福井の二箇所で、警察による必死の捜査が描かれているが、この二箇所の担当刑事がどっちもバカに描かれていないのもこの映画の数少ない美点のひとつだろう。
 福井の田舎の老刑事柄本明と、都会(?)の中堅刑事手塚とおる。
 淡々とした柄本明と、ファナティックな手塚とおるの対比も効いている。
 そしてこのファナティックな手塚とおるのみが、この映画で唯一堤幸彦らしさを感じさせるキャラなのだが、まあ、浮きまくり。
多分、提カントクも迷ってるんだろうなぁ、、、

 

 コレも前に書いたかもしれないが、ワタクシ空中さんにはどうも江口洋介というのが映画の主役の器に思えない。テレビドラマかファミリー映画ならどうにかなるんだろうけどなぁ、、、
 コレ、江口洋介とモッくんを入れ替えたらどうなの?と思う。その方が映画全体のレベルは上がったような気がする。
 でも、ソレをしないのは、「この映画は社会派ですよ」という提カントクの言い訳なのだろう。
 モッくんの役が、この映画の社会派部分を支えているのだ。

 

 そう、映画にとって社会派であることなど、言い訳にすぎない。
 この映画の社会派要素についても言いたいことはアレコレあるのだが、言い訳にツッコんでもしょうがないので、ヤメておく。JUGEMテーマ:映画

at 02:20, 空中禁煙者, 邦画

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「ほんとにあった!呪いのビデオ 61」 ついにニュー菊池宣秀覚醒かッ!!

「野鳥観察」
 深夜に野鳥の声を録音すべくカップルでウロウロしていると、突如白塗りの生首が撮影者に向かって迫ってくる。

 

 なにコレ。
 怖いやんけ。

 

 ここ数作の菊池作品の不調がアタマにあって、完全に油断してた。
 正直、チビるほどのショック。

 まあ、生首が宙に浮いて、と言っても、生首の上下の動きが、全身黒タイツを着た白塗りのヒトが走って来るようにか見えないとか(もうちょっとこう、スーッと来るとか、生きてる人間ぽくない動きができないもんかと思う)、一体全体こっち向かってきてどうするつもりなのか判らないとか、いろいろ問題も無しとしないのだが、なんか叫んでるような顔でヤミクモにこちらに向かってくるという凶暴なあり方に、ノケぞる。

 一本目から、アレ?なんか違うぞ、と思わせるに充分な滑り出し。

 

「終焉」
 死んで当然のバイク事故で生き延びたオトコのところに死神が来る。
 作中、ボカしたジャケット写真と内容説明で、「ファイナル・ディスティネーション」にシチュエーションが似ていることを自分で言っちゃってる。
 正直というべきか、自分で言っちゃったほうがパクリ感が薄れると思ってるのか、事実だからしょうがないのかの判断はつかない。

 

「露天風呂」

 露天風呂で撮ったビデオの湯気の中に人間の顔が浮かび出る、と言うのだが、正直、こんなもんよく気がついたな、というレベル。

 つーかビデオの中に写っている男性客の股間にはボカシが入っているが、コレ、当然元のビデオには写っちゃってる訳でしょ?
 よくそんなもん撮らせるな、さらにそれをヒトに見せるな、という感じ。

 

「シリーズ監視カメラ コインロッカー」
 タイトル通りコインロッカーの監視カメラだが、、、
 これは坂本一雪時代以来久々の「不可解な現象なしでも怖い」シリーズ。
 むしろ最後のとってつけたような「不可解な現象」が余計ですらある。
 なんか女性がある程度普遍的に抱える「闇」を突きつけられた感じ。

 

「BBQ」
 これも「不可解な現象なしでも怖い」シリーズかも知れない。
 バーベキューの買い出し(夜です)にいく途中の森のなかで、首吊り用のロープを見つける。しかもよく見るといっぱい、、、というハナシ。
 さらに後日投稿者とともに取材班が問題の森に乗り込むと、さらに増えているという、、、

 なんか「探偵ナイトスクープ」に似たようなハナシあったよね。

 これも問題の「不可解な現象」が、あんまり首吊り用ロープと関係ない上に、魔獣ジンメンというか、ロード・オブ・ザ・リングというか、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーというか、、、

 

「入学式」
 写っている「不可解な現象」があまりにも平面的で微動だにしない。つまり、スチル写真的。
 せっかくの動画なのに、「心霊写真」時代の手法が混ざってしまっているということかもしれない。

 

「人形ノ家(前・後)」
 

ストーリーは例によってグッチャグチャなのでどうでもいいのだが、ド厚かましくて沈着冷静な演出補森澤の、大学時代の友人の、幼なじみの、旦那(どうでもいいわ!!)が自殺未遂を起こし、その直前に奥さんの留守電に入れてきた音声に変な音が入っている、というハナシ。

 

 いろいろあって(説明すんのがメンド臭い)、菊池、森澤、増本のおなじみ3バカトリオは東北に取材旅行に行きます。
そうです!!
 こここから菊池カントクお得意の「探検」が始まります!!

 

 東北のとある盛り場で三人で聞き込み。
 ふと気が付くと増本がいない。
 慌てて二人でもと来た道を戻ってみると、増本はスゴい剣幕のガイジン女に絡まれている。慌てて仲裁に入る菊池。

 

 「ア、スイマセンぼくたち怪しいもんじゃないです。DVD作品を作ってましてその取材中です。『ほんとにあった!呪いのビデオ』っていう、、、」
 「ノロイ?ノロイノビデオ?」
 「そ、そうです『ほんとにあった!呪いのビデオ』、、、」
 「ア〜ア!オワカリイタダケタダロウカ!オワカリイタダケタダロウカ!」
 「え?あ!そうですそうです!!『お解り頂けただろうか』!!」

 

 んなバカな、、、「ほん呪」を表現するにも、ガイジンさんにとってはそこなのかねぇ、、、
 なんかこのシーンには笑う以前に呆然としてしまった。

 

 が、そんなこともどうでもいい。
 「ほん呪」スタッフと知るや急に協力的になった件のガイジンさんが提供してくれた情報により、三人は事件のキーマンだと思っていた女性がすでに亡くなっていること、女性は死の直前廃墟に住み着いていたことを知る。
 そしてトーゼン、その廃墟に探検に行くのである(!)。

 

 亡くなった女性が住み着いていた廃墟で、三人はあるキーとなる「モノ」を発見する。ソレはここまででも散々言及されてきた「モノ」であり、そこにあることはある程度予想されていたものであるのだが、菊池は増本にその「モノ」にある「処置」を施すことを命じる。

 

 イヤ、絶対ダメでしょ、そんなことしちゃ。
 ナニ考えてんの菊池。
 お願いだからヤメて。
 視聴者の立場からお願いするわ、それだけはヤメて。

 観てるコッチが頭を抱えたくなるようなムゴい命令をするのである。

 そして、ためらう増本に無常に「ホラ、早くやってよ」と命じる鬼畜な菊池。
 ヤメテー!!!お願いだから!!ヤメさせてあげてーーー!!!
 森澤ナニやってんだよ早く菊池を止めろよ増本が可哀相じゃないのかよ!!!

 その「処置」を施した後に訪れるであろう恐ろしい予測と相俟って、このシーンは恐らく「Special 1」における、中村義洋氏と殺人教唆のオトコの廃墟での怒鳴り合いに匹敵する緊張感が漲っている。
 つまり、シリーズ屈指の恐怖感なのだ。

 

 一体どうしたんだ菊池カントク。一本目のエピソードからラストまで、ここ数作(というか岩澤氏から引き継いで以来)の不調がウソのような飛ばしっぷり。
 しかもやっと洗練されたとか習熟したとか言うよりは、ヤケクソで開き直った結果が上手くコロんだ、という感じ。
「探検好き」は徐々に表面化していたので、突然の変化ではないんだろうが、、、

 

 まさか、演出・構成担当6本目にして、やっと一皮剥けた、とでもいうのだろうか、、、

JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 20:39, 空中禁煙者, 邦画

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「マッド・マックス 怒りのデスロード」 ほぼ、シャーリーズ・セロンの映画

 そもそも最初の「マッド・マックス」の時点で、我々はある「新鮮な違和感」とでもいいたくなるようなモノを感じていたのである。「スカイ・ハイ」を観ていない世代である我々にとって、初めてみるオーストラリア産映画ということもあったろう、、ハリウッド映画の文法に慣れ親しんだ我々には「アレ?なんか違うぞ、この映画、、、」と思わせるには充分なものであった。
 ストーリーラインこそ「正義の味方が逆恨みで家族殺され復讐する」という、これ以上ないくらいシンプルかつお馴染みのものだが、どのシーンにどれくらい時間を使うか、どのカットをどこから撮るか、ナニをセリフで説明するか、と言った細かい点、さらにはこの時点ではまだ世界は崩壊していない設定にもか関わらず、なんとも荒廃したオーストラリアの風景(ソレが近未来の風景だからなのか、制作当時のオーストラリアのありのままの現実なのかすら判らない)等に醸しだされる違和感が、なんとも新鮮だったのである。

 

 従って、我々は「マッド・マックス2」に向き合うとき、ある程度の心構えはしていたのである。
 また、あの「新鮮な違和感」が味わえるのであろう、と。
 ところが、この心構えはいい方に大幅に裏切られる。良い方に。
 「マッド・マックス2」の斬新さは、すでにオーストラリア映画だから、などという生易しいものではなく、誰も観たことがない、誰も予想だにしなかった、映画というもののエッセンスだけを叩きつけてくるような衝撃的なものだった。

 世界中の映画やコミックに激烈な影響を与えたこの映画をいまさら「スゴかった」などというのも恥ずかしいハナシだが、それだけにこの映画が存在することを前提に育った世代には、初めてこの映画を観た時の、なんか、あの、呆然としてしまった感じは理解でき無いのではなかろうか。
 相変わらず、「流れ者が善良な一家(まあ、大家族みたいなもんだろ)を悪者から助けて、またどこへともなく去っていく」という、「シェーン」かよッ!!というようなシンプルなストーリーのなかで、もう、ほとんどセリフもドラマもないまま、ただ、殺伐とした風景の中でスピードと暴力だけを叩きつけてくる。
 まさに「破格」と言うにふさわしい映画だったのだ。

 

 で、「怒りのデスロード」ですよ(ゴメンナサイ、私の中で「サンダードーム」は無かったことになってます)。

 いくらなんでも「マッド・マックス2」を観た時の衝撃を超えるなどということは無いだろう、と思っていたのだが、、、
 ナメてましたね。
 おそるべしジョージ・ミラー。
 下手をすると「マッド・マックス2」を観た時以上の衝撃。
 

 すでに過去2作にあったようなストーリーのフォーマットすら無い。
 ただ、走って逃げて、戻ってくるだけ。何じゃそりゃ。
 そもそも冒頭からなんでコマ落としなのか全然解らない。
 ただ映画のテンションを上げたいだけ。
 いやはやコレはスゴいわ、、、

 

 一体全体御年70歳のジョージ・ミラーのどこにこんな若々しさが残っていたのであろうか。
 ファミリー映画の「ベイブ」や「ハッピーフィート」の成功ですっかり丸くなったと思わせておいて、この有様である。
 「ベイブ」や「ハッピーフィート」はこっちを油断させるための手だったとしか思えない。
 世界の狂気度も、スピードも、暴力も、数段アップしているのだ。
 

 はたして70のジジイが「木の棒につかまって走行中のクルマとクルマの間を行き来する奴」だの「追跡行にバンド(しかも和太鼓風ドラムとギターだけ)を同行させて追跡のあいだじゅう演奏させる」だののキチガイじみたことを思いつくモノだろうか。

 

 ただコレは、マキシミリアン・ロカタンスキーの映画というよりは、シャーリーズ・セロン演じるフェリオサの映画だな、とは思う。
 この物語をドライブするダイナミズムを支えているのは、結局彼女が内包しているドラマなのだ。
 もしコレがトム・ハーディではなくメル・ギブスンだったら、と思わないでもない。
 もしメル・ギブスンだったら、最終的にマックスの物語して収斂させられたのではなかろうか。
 メル・ギブスンについてはイロイロご意見もお有りでしょうが、少なくとも「マッド・マックス2」のメル・ギブスンは神がかっていた。
 ラストで全てを悟ったマックスがジャイロ・キャプテンと無言で表情だけで交わす会話は、この時のメル・ギブスンでないと出来ないと思わせるくらいカッコいいのだ。

 

 シャーリーズ・セロンは、ベリーショート(と言うかボウズ)にして、隻腕で、なおかつ腕利きの女戦士で、故郷から引き離されて、故郷を失った女に拮抗出来ている。
 そして我々は、「世界一美しい」と言われながらこんなバカな役をやるのはシャーリーズ・セロンだけだと知っている。

 やはりコレはジョージ・ミラー監督にとってもシャーリーズ・セロンの映画であり、マックス役はほとんど(このムチャなアクションに耐えられる役者なら)誰でも良かったのかもしれない。

 

 しかしこの映画、血液型とか消毒とかいう概念ないよな、、、
 それくらいムチャクチャな世界観であり、その意味でも(マジメな人は怒るだろうが)やはり「マッド・マックス2」を超えているのだ。

JUGEMテーマ:映画

at 02:26, 空中禁煙者, 洋画

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「西遊記〜はじまりのはじまり〜」 ほぼ、スー・チーさんの映画

 おそらくは、今の中国で人気No.1の役者、ホアン・ポーに孫悟空を演らせたい、という出発点だったのではないか。
 が、脚本が出来てみたら孫悟空の登場は後半になってしまった。
 で、ソレまでを繋ぐのに玄奘役のウェン・ジャンじゃ華がないので、賑やかしでスー・チーさんの役を作ってみたら、もう、スー・チーさんが可愛すぎて、結果、ほとんどスー・チーさんに持って行かれてしまった、という感じ。

 イヤほんと。スー・チーさんも、もう40近いはずだが、恋する乙女(別に若い役ではないが)を演じて信じられない可愛さ。
 シリアスな映画でシリアスな演技をしているのも、アクション映画でアクションをやっているも観たことがあるが、まさかコメディエンヌとしてこんなに巧いとは知らなかった。
 妖怪ハンターの役なので、アクションシーンもふんだんにある。
 もともとアクションが出来るという売りのヒトではないので、かなり吹き替えを使っているっぽいが、決めのポーズのカッコ良さなど、ホレボレする。
 カッコ良さと可愛さをひとつの役の中で軽々と同居させるスー・チーさん。スゴい女優さんになったなぁ、、、

 ホアン・ポーを孫悟空に、というのもよく判る。
 下品にして明朗、軽薄にして洒脱。
 コレは確かに得難いキャラクターだろう。

 ホアン・ポーの孫悟空がスー・チーさんに「豚の妖怪(つまり後の猪八戒)をおびき出すための踊り」を指南するシーンなど、二人に適当にアドリブでテストさせていたらあまりに面白かったので、そのまま使ってしまった、ということではあるまいか。
 なんとなく、バックにスタッフの声が入っちゃってるっぽいし、スー・チーさんの爆笑などとても演技とは思えない。
 このシーンは何回観ても面白い、チャウ・シンチー映画の中でも屈指の名シーンという感じ。

 役者さんの手柄ばかりでもない。
 映像的にも、さすがチャウ・シンチーと思わせるカットが満載です。
 川に落ちたおばちゃんと川の妖怪(つまり後の沙悟浄)が正面から対面してしまうカットの静謐な恐怖感など、大画面で子供が見たらトラウマになるのではないかというくらい怖い。
 「少林サッカー」のチャウ・シンチーの楽しい爆笑映画だと思って子供連れで観に行くと、トンデモ無い目に遭いかねない。

 ラストがくどいのはここ20年くらいの映画に共通の欠点。
 「はじまりのはじまり」っちゅうくらいで次があること前提なのだから、もうちょっとすっきり出来ないかなぁと思う。

 ところでこの続編にはホアン・ポもウェン・ジャンも出演しないそうだ(スー・チーさんは役割を終えているので仕方ないが)。
 天才はナニ考えてるのか判らん、、、
JUGEMテーマ:映画

at 01:18, 空中禁煙者, アジア

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「ほんとにあった!呪いのビデオ 60」 菊池監督は探検が好き 

 なんか、もう、なんで観続けてるのか自分でもよく解らないけど、義務みたいに観続けざるをえないものってあるよね。

「もう半分」
 どういう訳か「橋の上」と言うのも霊が集まりやすい場所なのか、よく心霊スポットになるようである。橋というものがこの世とあの世を「橋渡しする」というメタファーになりうるのか、そもそも何かヤヴァイことが起きたときに一方向しか逃げ場がない、という緊迫感がそうさせるのか。

 カップルが心霊スポットと言われている橋の上で撮影していると、人間の「半分」だけに出会う、と言うとハナシ。この「半分」の映像は良く出来ている。特に、カップルがそこに人間「らしきもの」がいるのに気づいて息を呑んでいると、おもむろにこっちを向く、というのが良い。コレは最近の中では巻頭を飾るにふさわしい出色の出来と言って良いのではないか。

 ところが、その後カップルが逃げ帰ってきたクルマの窓に映るというオンナの顔が良くない。オンナの顔を黒のクレヨン一本で書いた絵を、窓外の下の方からソーっと上に上げてきたようにしか見えない。「半分」だけにしとけばいいのに、、、

「墓所」
 カメラを落としたたまたま映る位置に不思議な生首らしきものがあるが、写されているているのに気づいて恥ずかしくなったのか徐々に消えていく。
 なんか普通の顔じゃなくて、鈎鼻で黒目のない悪魔みたいな顔。
 悪魔がこんな極東の辺鄙な墓地に寝っ転がってナニしてんのかな、と思う。

「蛭子 前編」
 今回の長編作品。
 海岸での遭難事故が多い地方がある、と。
 で、遭難者が出るとダイバーが探すわけですが、特に発見率の高い宇梶さん(仮名)というダイバーさんがいる、と。
 ちなみに宇梶さんは最近娘さんをやはり、海の事故で亡くしている、と。
 仲間のダイバーが宇梶さんに遺体発見率の高い理由を聞いてみると、「蛭子様が教えてくれる」と言っている。
 蛭子様というのは別に蛭子能収さんが教えてくれる訳ではなくて、ヒルコ(蛭子)様という地元の信仰です。
 で、蛭子様を祀る洞窟が近くにあって、宇梶さんはそこに出入りしているらしい、、、

 要するに、ですね、作品中、スタッフの口からハッキリと語られることはないが、「宇梶氏は蛭子様の力を借りて娘を再生するために、水難被害者のウチの若い女性の身体の一部を集めているのでないか」というハナシです(そうでしょ?)。

 で、問題は今回の投稿者の友人の案件を含む水難事故を起こしているのは誰か、ってことですね。
 偶然なのか、宇梶さんの娘のために蛭子様が起こしているのか、それとも今までの水難事故者の霊なのか、それとも、まさか、宇梶氏自身が、、、

 ご安心ください。
 ちゃんと投稿者の手により証拠映像が残っています。
 まるで、片手を伸ばした人間の形に切り抜いた紙にクレヨンの黒一色で描いたようなピクリとも動かないシロモノに、足に触れられただけでギャアギャア叫ぶ投稿者の友人の映像が。 
 もう、まがりなりにも海に引っ張り込もうとしてるに違いないのに、ピクリとも動かず全く力強さの感じられないそのシロモノをカメラだけユラユラ動いて撮るさまは、どちらかと言うとコントのようです。

「空手大会」
 空手大会会場のロビーで友人と談笑する空手少年の肩に薄っすいペラッペラの手が後ろから伸びてくる。霊魂の手、と言うより、この世ならざるものが手の影を投影してきているのかもしれない。

「シリーズ監視カメラ 駐車場」
 心霊スポット近くの駐車場から走り去ろうとするクルマに何体もの例らしきものが吸い込まれていく。
 なぜ吸い込まれようと(着いて行こうと)するのか、なぜ何体もいるのか、よく解らない。

「風の便り」
 家飲みしてるバカ三人。話題が高校の時いじめられていて、最近自殺したらしい女子の話になると、ちゃんと彼女がやってくる。

 このエピソードは大して面白くもないが、実は重要な教訓を含んでいる。
 霊は記憶のある所にあらわれる。自分たちが呼んでいるか、もしくは自分たち自身が現出させてさえいるのかもしれない。

「ついてくる」
 心霊スポットと言えば「廃墟」「橋」とならんで「トンネル」です。
 トンネルから出てくる友人二人を撮影してると、第三の人物が付いてきます。
 菊池氏の基本的なスタンスとして、「霊的存在は(寂しいので?)付いてきたがっている」と言うのがあるのかも知れない。

「蛭子 後編」
 菊池監督の特徴がこのエピソードあたりから出てきた気もする。

 「観てるものには分かっていることを、スタッフ一同解っていないふりをする」
 「探検する」

 この二つです。
 今回、例の「蛭子様の祠のある洞窟」を探検しまくります。
 ハッキリ言ってそんな探検映像見せられたからって「呪い」と関係ないと思うんだが、もう、延々と見せるのは、やっぱり探検シーンが好きだからでしょう。
 ボケまくり、頼りない増本、逆に沈着冷静でクソ厚かましい森澤、という二人の演出補のキャラの対比が利いているせいもあって、「関係ねえょなぁ、、、」と思いながらもなんとなく観てしまう。

 やっと、なんとなく良くなってきたような気もする菊池作品であったが、なんかもっと強烈なウリがほしいなぁ、、、
JUGEMテーマ:ノンフィクション

at 22:53, 空中禁煙者, 邦画

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